ロング・バケーション (8)

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「なあベジータ、あんたのことだ、考えてはいるんだろうと思う。俺達がこんなこと言わなくても、危ない綱渡りをしてるってこた十分解ってるんだろうさ。でも言わせてくれ」
 ラディッツは、ベッドの上に放り出されたスカウターから彼のほうに目を戻し、言った。
「あんたの身体は、あんた一人のものじゃない。あんたは王子なんだ。俺達の誇りだ。こんな口きいてるが、俺達はあんたが子供だった頃からそういう風に接してきたはずだし、その一線を越えたことは無いと思ってる」
 言葉を切り、隣に居るナッパと目を合わせた後、二人で彼のほうに向き直った。四つの黒い視線が、彼に注がれる。
「気付いてるんだろ?あんたはこんな無用心な真似をする奴じゃなかったはずだ。今のあんたは普通じゃない、まるで何かの術にでも掛かってるみたいだ」
「――」
 術。
 あれの持つ能力とは、あるいはそういった類のものではないのか。彼を術に掛け―そうだ、あの白い幻を見せ―意識を朦朧とさせて隙を窺うといったような―
 だがたとえそうであったにせよ、それが何だというのだ。その程度のものが彼を害する力になどなり得ないことは明らかだった。そして彼は、目の前の二人が彼について思い違いしているように、自分を見失っているという訳でもない。
「ベジータ、女はいいもんだ。だが怖え。間違えると身の破滅だ」
「黙れ」
 彼は見当違いな思い込みで話をするナッパにいらいらと返したが、ナッパは引き下がらなかった。
「いいや黙らねえ。あんたの不始末は俺達の不始末だ。ベジータ、あんたは若い。目が眩むのも解る。そりゃあの女は具合が良さそうだが―」
「黙れ!」
 瞬間、彼の身体から稲妻のような光が発し、ナッパを撃った。呻き声を上げ、ナッパが床に膝を落とす。
「ベ、ベジータ」
「今度この俺に向かって下品な口をきいてみろ、貴様の首をねじ切ってやる」
「す、すまねえ・・だけどよ」
 彼は最後まで聞かず、自室を出た。大丈夫か。ラディッツがナッパを気遣う声が扉の向こうに遠ざかる。
 具合が良さそうだと?
 ふふん、なるほど。女に嵌ると言や普通そういうことなんだろうな。
 実際のところ、軍規など問題ではない。何度となくそれを犯してきた彼がこうして生きているのだ。何よりの証拠であった。
 何が、軍規だ。
 それに反した人間が罰されるのではない。気に入らない人間を処分する為にそれが存在するのだと言って良かった。
 フリーザに気に入られなければおしまいである。その人間は『軍規違反者の処罰』という名分の下に血祭りに上げられる。あるいは規律正しい人間なら、ある日忽然と姿を消す。それだけだった。
 無意味なんだよ、そんなもの。
 フリーザがすべて。あれが法律。あれこそが、神。
 フリーザ!フリーザ!フリーザ!フリーザ!フリーザ!フリーザ!
 もううんざりだ。どいつもこいつも、あいつの顔色ばっかり窺ってやがる―



「・・・ストレスフルな生活ね」
「お前たち地球人のように呑気でいられんことは確かだな」
 酒と湯で熱くなったのだろう、男はバスタブの縁に両手を掛け、湯から身体を上げてそこに腰掛けた。背後に手を伸ばし、氷水を張った大きなガラスのボウルから、重そうに実をぶら下げた葡萄の房を一つ取る。氷が器の中で泳ぎ、からんからんと涼しい音色が響いた。彼はそれを房ごと口元に運ぶ。ぴんと張った黄緑色の皮に歯を立てる、ぷつ、という音がした。
「でも結局のとこ、あんた他でもない自分があいつの顔色を見てなきゃならないって事に腹が立ってたんでしょ」
「―――」
「違う?」
 越えてはならないボーダーライン。彼はずっと、その縁を生きて来た。確かにそれは偶然ではない。そして、いつかはこの手で葬るのだという思いが、彼を研磨してきた。縁を見極め続けねばならなかった彼の、その誇りを支えもした。
 カカロット―
 だが結局、あの下級戦士によってフリーザは消された。忌々しい。彼は途端に湧きあがってきた不快感に渋面を作る。
「何怖い顔してんの」
 どうせ孫君のことでも思い出してたんでしょ。湯の中に戻りながら、女が見抜いたような事を言った。彼は女を睨んだが、彼女は気付いていないのか、腕を伸ばし、バスタブに乳房を押し付けながらデッキの上のワインクーラーを引き寄せている。
「良かったじゃないの、そんな生活から抜け出したんだから」
 今じゃこんな美人と一つ屋根の下、優雅な居候生活よ。あのとき誘ったげたあたしに感謝しなさい。うっすらと汗をかいた銀色の器から瓶を取り出し、コルクにオープナーを刺し込みながら、女は笑いを含んで言った。
「あの時・・」
 彼は、彼らが初めて言葉を交わした時の事を思い出し、脱力する。
「・・あれは貴様の全てを語る名文句だったな」
「え?」
 彼女はグラスにシャンパンを注ぎながら彼を見遣り、不思議そうに首を傾げた。



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