ロング・バケーション (11)

 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  12  13  14  15  16  Gallery  Novels Menu  地下室TOP  Back  Next

「許可を頂いた範囲内で賄えていると思っております」
 窓外はるか、森が黒々と広がっている。再びそこに視線を遣ったフリーザに、彼は慇懃な様で頭を垂れたままそう答えた。天井の高いがらんとしたその場所に、彼等の声が微かに反響している。
「ええ、責めてる訳じゃありませんとも。ただね、心配なのですよ。少し疲れているんじゃないかとね」
「お心遣い有難うございます」
「気に入りの場所があるのですってね」
「はい、以前御下賜頂いた惑星の、衛星の一つです」
「美しいところなのだとか」
「はい。森と、小さな海がございます」
「面白い生き物がいるのでしょう?」
「はい。七色の羽を持つ鳥と、銀の鱗を持つ魚がおります」
「様々に瞳の色を変える生物がいるのだと聞きましたよ」
「―はい」
 例の噂を知っているかもしれない。だとすれば、次にフリーザが何を言い出すかは予想がついた。
「是非見てみたいですね、それを」
「私も目にした事はございません。ですが今度探して、生け捕ってみましょう」
「目にした事がないのに、どうして知っているのですか」
 それを言うならてめえこそだ。彼は内心吐き捨てながら、すらすらと答える。
「噂で、聞き及んでおります」
「どこで噂になっているのでしょう。その星は無人星だと言うではありませんか」
「御下賜頂いた惑星で仕事を致しておりますとき、かの星の住人から聞き出しました」
「それには特別な力があるのだと言いますね」
 やはり知っているのだ。彼は意外なことを聞いたという風を装って間を置き、答える。
「さあ、それは存じません」
 本当のことでもある。思うところが無い訳ではない。だが彼はあの女にそんな力があるのか、あるとすればそれがどの程度のものなのか、未だにはっきりとは知らない。訊ねたこともあったのだが、女は単なる伝説だと笑うばかりであった。
「聞き出さなかったのですか、かの星の住人から」
「―はい」
「いけませんね、中途半端な仕事をしては」
「申し訳ございません」
「まあいいですよ。どうせたいした力は無いのでしょうから」
 あなたに御し切れる程度のものなのですからね。言外に、そういう意味を込めている。
「は・・」
 彼は一層深く頭を垂れてみせた。
「ベジータさん」
 フリーザが振り返り、ゆっくりと彼に近付く。三本指のその足が、深々と頭を垂れる彼の視界に入った。
「それでいいんですよ、今はね。でもねえ、こういった事はすぐ人の口に上るものでしょう」
 こんな形だったか。
 常に球形の乗り物で移動するフリーザの足指など、間近で目にする機会が無かったことに気付いた。彼は沈黙を守りながら繁々とそれを観察する。
「それにこの種の話は広まるのも早いもの。一旦皆の知るところとなったなら、私にだってどうしようも無いんですよ」
 それは一言たりとも聞き漏らしてはならないが、返答することも許されないという種類の言葉であった。ほんの小さな子供の頃から、彼はフリーザの元で成長した。よく、弁えている。
「どうすればいいのか、分かっていますね」
 生きたまま差し出すか、死んだ証拠を持って来るか。
 生きたまま差し出したなら、まず腹の中の、産に関わるものを徹底的に掻き出され、調べられる。その後『能力』とやらについて散々実験された後、それが役に立たないものであると判断されたなら、処分されるか直ちに慰安星に追い遣られるだろう。役に立つのなら、彼らと同様擦り切れて死ぬまで酷使されるだけだ。
 自分の所有物を他人に好き勝手されるなどまっぴらだった。ならば迷う必要もない。
「ごくろうさま。下がってよろしいですよ」
 何にしても、痕跡を残さないようにね。フリーザはそれだけ言うと、背を向けた。彼は黙って頭を下げ、立ち上がる。
「本当に―」
 部屋の中程に差し掛かった時、独り言とも取れる調子の声が響いた。
「あなたは本当に、亡くなったお父上によく似ていますね」
 彼は立ち止まり、振り返って直立した。フリーザは相変わらず背を向けたままである。
「部下達も、よくそのように申します」
「ちょっと向こう見ずなほどに剛胆な方でしたよ」
「恐れ入ります」
「あなたは、お父上よりも強い」
「は・・」
「そして賢い」
「・・・」
「良く出来た方です。私はね、あなたがとても好きですよ。たとえあなたがお父上の淫逸の血を受け継いでいたのだとしてもね」
 フリーザが肩越しに彼を振り返った。
「私の可愛いお猿さん。少々手を焼くこともありますけれど、あなたを失いたくはないんですよ」
 大小3つの月がその横顔を照らし出していた。何度見ても悪寒が走る薄気味悪い笑いが浮かんでいる。
「失望させないで下さいね。そして永久に、私の傍にいらっしゃい」
 彼は一礼し、表情を隠した。
「勿体無いお言葉です」
 屈辱に語尾が震えることはない。彼の誇りは、彼にそれを許さなかった。



 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  12  13  14  15  16  Gallery  Novels Menu  地下室TOP  Back  Next