ロング・バケーション (6)

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 彼は、以前彼らの攻撃目標となったある惑星の第7衛星にその女を伴った。
 その時もまた地下資源を目的とした殲滅の指令が出されたのだが、事前調査が不十分だったのだろう、いざ採掘が始まると、その惑星の地下からは殆ど何の役にも立たない鉱物や遺跡ばかりが掘り起こされた。この不手際については、調査官3名と彼らの調査に随行した研究員7名、計10名の処刑で簡単に決着がつけられ、彼らの戦功は無視される形となった。
『無駄に働かせてしまいましたね』
 侘びだと言い、フリーザは彼ら三人の手によって植物までほとんど根絶やしにされ、土地の大半が砂漠と化して売却可能な状態ではなくなったその惑星を―売却を目的とした侵攻ではなかったため、彼らはそのつもりで仕事をこなしたのだ―衛星ごと彼に下げ渡した。
 有難くて涙が出る。
 ほとんど嫌がらせのようなその仕打ちにも、彼は跪いて頭を下げ、黙って耐えた。
 だがよく調べてみると、その惑星のごく小さな衛星の一つに、植物の生い茂る比較的環境の良い星があることが分かり、それからごくたまに取る休暇をここで過ごすようになった。丸型宇宙船の簡易な発着施設や、休息用の小さな建物も造らせている。彼はそこに女を住まわせる事にしたのだ。
「きれい」
 小さな海や地を覆う緑、木々を渡る色鮮やかな鳥を目にして、女は初めて表情らしい表情を見せた。何故か片言でしか喋れなかった。聴力が極端に低い様子なので、それが理由なのだろうと思われる。彼の事を恐れず受け入れたのも、よく状況が掴めない中で、彼女を助けに来た誰かだと考えているからなのかも知れなかった。
「めでたい奴だな」
 彼は、口元を綻ばせて周囲を観察している女の瞳が睫毛の影に揺れながら次々と色を変える様を眺め、その多様な色彩にほとんど感心しながら呟いた。無論、女の耳には届かない。



「囲ったってこと?」
「そういうことになるな」
「あんたそれ幾つの時の話よ?」
「そんなこと一々憶えてない・・だがそうだな、18,9ってとこだ」
「生意気ねえ、そんな子供が」
「貴様にそんな事を言われる筋合いは無い」
「何よそれ」
「貴様があの男を飼ったのは、確か16の時だと言ってたはずだがな」
「飼った?」
「ここへ連れて来て住まわせたんだろうが」
「あのねえ、あいつはアタシの恋人なのよ?飼うとか、そういう・・」
「あいつはお前の男で、お前が養ったんだろう。何がどう違う」
「―あたしが養ったんじゃないわよ、まだ稼ぎが無かったんだし」
「同じことだ」
「じゃあ、アンタもあたしに飼われてるって訳?」
「俺がお前の男の一人だというならそうだろうな。だが俺は客だ」
「・・居候でしょ」
「貴様が来いというから来てやったんだぞ。放置しておいて暴れられたら困るとでも思ったんだろうが」
「あら、よく解ってるわね」
「ふん」
「加えてあげてもいいわよ」
「なに?」
「『男の一人』に」
「・・・・・」
「あたしに飼われてみる?」
「・・・・・・・」
「ちょっと、真面目な顔して考え込まないでよ!冗談よ、冗談!」



 それにしても―
 彼は件の衛星に向かって飛ぶ船の中、首を傾げた。休暇の度に、女の元へ足を運ぶ。そんな生活が既に一年、続いている。
 俺は、一体何をしてる?
 あの日、あれを飼おうと思い立った。
 消した方がいい、ということは分かり切っているのだ。だがそうするには如何にも惜しい。あれには、抱くと不思議な快さがある。
 解放感。
 そう言うべき類のものを彼女との交わりはもたらした。言葉に尽くし難いほどのそれが、自身あるいは女のどういう機能によって引き起こされる現象なのかは分からないが、常に緊張状態を強いられる彼の生活には今まで存在しなかったことは確かだった。情交の快楽だけなら―事に及んだ後ひどく後悔することさえあった彼にとって、少なくともそれが無いだけ彼女は上質な部類であると言えたが―すぐに殺して、それこそ本当に食っていたかもしれない。確かに見目は良いが、そんなものは導入部分にすぎない。そのことに関してだけ言えば、あれは実に平凡だった。
 馬鹿げてる。
 彼が身を置く軍において、これは禁忌である。これまで数々軍規違反を見逃されてきた彼だが、これとは事の性質が全く違う。
 馬鹿げてる―
 それでも尚、彼はあれを手放せないでいる。



「事の後の虚脱感とは違う訳ね?」
「ああ、全く違う」
「どんな感じだったの?」
「そうだな―」
 彼は深く息を吐き出しながら、空(くう)を見上げる。
「何も無い空間に浮かんでいるような、あるいは濃度の高い水に浮かんでいるような。上手くは表現できん。だが、そんな感覚だ。思考は無になり、そこに漂う間だけだが、何もかもから切り離されてすべてを忘れる。フリーザの事すら―」
「・・薬物、とか」
「ありえんな。俺はサイヤ人だぞ。一服盛られりゃ気付く。吸気式のものでも同じだ」
「とびきり鼻が良いって?」
「だけじゃない、軍には多くの種族がいたが、俺達の感覚はほとんど全てにおいて突出して優れていた」
「そりゃそうでしょ。半分動物だもん、あんた」
「・・一言付け加えんと気が済まんのだな、貴様は」



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