ロング・バケーション (2)

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「俺と貴様で、何のパーティーだ?」
 彼は手渡されたグラスの酒には口を付けず、浴槽の内壁面に設けられた段差に腰掛け、湯の中から背後の山に腕を伸ばした。手に触れた果物の大皿を引き寄せ、こんな状況に身を置いている自分に半ば呆れながら女に訊ねる。
「お喋りよ」
「おしゃ・・」
「おいしいお酒とフルーツでお喋りに花を咲かせるの。素敵でしょ」
「俺と、貴様で、お喋りに花を咲かせるのか」
「・・しつこいわね。美女と同じバスタブの中よ。こんな贅沢って無いんだから」
「またあの男とやり合ったんだな」
「ヤムチャ?ええ、喧嘩したわよ。毎度のことでしょ。でも勘違いしないでちょうだい。当て馬にしようって訳じゃないわ」
「どうだかな」
「ここでジャグジーを使おうと思ったの。そしたら目の前を横切って行くあんたの姿が目に入った。だから誘った。それだけのことよ。ヤムチャがここにいりゃ三人で入っても良かったんだけど」
「・・震えが来そうに魅力的な状況だな。鄭重に辞退させてもらう」
「あら、やっぱり二人きりが良かったってことね」
「何を言」
「いいじゃないの、楽しみましょう、せっかくなんだし」
「・・・・・」
 この女の行動は、そこに何の目的があるのかが掴めないことがままあった。彼は目を細めて彼女を見透かすように眺め回す。視線を受け、女はグラスに口を付けたまま上目遣いで彼を見たが、特に恐れた様子も嫌がる風もなく、少し眉を上げ、諸手を挙げてフリーズのポーズを取り、ふざけて見せただけだった。
「ちょっと、何考え込んでるの」
 だが、じっと自分に定められて動く様子のない彼の視線に晒され、無防備な姿勢を保ち続けることにさすがに抵抗を覚えたのか、女はそろそろと腕を下ろしながら睫毛を伏せる。
「それともあたしが魅力的過ぎて目が離せないのかしら」
 デッキにグラスを置いて果物に手を伸ばしながら、女が自惚れた台詞を吐いた。自信家だが、今は動揺を隠そうとしているのだと知れている。
「ほざいてろ」
 彼は女の見せた羞恥に軽く満足しながら鼻を鳴らし、視線を都の遠方に移した。正直なところ、彼は実にこの場所を気に入ったということを認めざるを得なかった。少し熱くなった頬を風が撫でる。ひんやりと、心地良い。
「・・で、何の話をするんだ」
「何でもいいわよ。あんたの昔話なんかどう?」
「―ほう、聞きたいか」
「あっちの星で何万人殺したとか、こっちの星は何日で片付けたとか、そんな話は結構だわよ」
「・・じゃあ何の話だ」
「あんたねえ、ちょっとは自分で考えたら?都の果て、夕陽の名残を残す海!グラスにはドン・ペリニョン!隣にはゴージャスな美女!場にふさわしい話題ってやつよ。無いの?そういうの」
「―――」
「どう?」
「―――」
「―・・・」
「―――」
「・・・思い浮かばないの?」
「想像もつかん」
「ちょっとロマンティックな話でもして口説いてみようとか思わないわけ?」
「―口説かれたいのか、貴様は」
「違うわよ、この状況を楽しもうって気にならないのかって言ってるの」
「楽しんでるさ。貴様がいなきゃ最高なんだがな」
 彼はバスタブに頭を預け、こころよさげに息を吐き出しながら半分瞼を下ろした。



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