ロング・バケーション (5)

 1  2  3  4  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  Gallery  Novels Menu  地下室TOP  Back  Next

 品格に欠ける奴だ。
 遠ざかって行く大きな身体を見送り、彼は小さく舌打ちした。
 殺そうか、と考えたことが数度ある。だがその都度思い留まった。少々激昂しやすく考えの足りない所はあったが、戦闘力は高い。うまく使えば抜群の働きを見せる男だった。
「さて」
 呟き、スカウターのスイッチを押して通信を断絶すると、彼は女に近付いた。
 ああは言ったものの、本当に抱こうと思った訳ではなかった。彼は若かったが、こんな場所で自分の皮膚を外気に晒さねばならないほど切迫してはいない。女を見たとき、気付いたことがあったのだ。
 彼は女の正面に立ち、片手を伸ばしてその顎を持ち上げた。
 やはりな。
 赤い瞳。最初ナッパが眺め回していたときは鳶色だった。顔の角度を変えてみると光の具合でそれが色を変えるのだと知れた。女は全く抵抗する様子を見せない。放心し、何が起きているのか分からないでいるのか、或いは観念しているのか。
 あちこちで大小の爆音が響き、彼らの真面目な働きを伝えてきた。何度目かに響いた少し大きな爆音に、女がびくりと身体を震わせる。少し我を取り戻したのか、彼を見上げる目にふと心細そうな色が滲んだ。
「質問に答えろ」
 彼は女を見下ろして低く言った。
「貴様は、王族か」
 女は僅かに首を横に振る。
「では、祭司だな」
 ゆっくりと瞬きをし、女が微かな仕草で彼の言葉を肯定した。
 この星の王族と祭司の中にこういった種類の人間がいる、という話を噂で聞いたことがあった。瞳の色が様々に変わる宝石のような人種がいるのだ、と。そして―
「祭司には特別な力があると聞いた。貴様、何が出来る」
 女は答えない。褐色の肌に真っ黒な髪が波打って纏わり付き、たおやかな毛先が女の呼吸に合わせてふわりふわりと揺れた。小さな草食動物の体毛を思わせるそれに、彼はざわざわと目覚め始めた自らの野生を感じる。女の顎を支える指を伸ばし、その頬に触れた。柔らかな肉に親指が沈む。
「美味そうだな、お前」
 彼は片頬で笑い、ほとんど息の掛かりそうな距離まで近付いてそう囁いた。女に少しでも恐怖が走れば、彼は本当にその滑らかな首に牙を立てていたかもしれない。だが女は、今は少し紫掛かって見える灰色の瞳でぼんやりと彼を見上げているだけだった。
「面白い」
 変わった女だ。彼が恐くないらしい。それとも単なる白痴なのか。
 顎を掴んだ手をついと滑らせ、ゆったりとした衣服の、布を交差させた胸元に差し入れる。女がぴく、と身体を揺らした。張りのある丘に沿って指を滑らせ、小さな突起を嬲ると、頬に黒々と長い影を落とす睫毛が小刻みに震える。薄く紅の施された小さな唇が、誘(いざな)うようにゆっくりと開く。
「ち・・」
 昂り始めた自分に小さく舌打ちし、彼は女の胸元から手を引き抜いた。腕を掴んでそれを立ち上がらせると、瓦礫の隣にかろうじてその形を残す礼拝堂らしき建物の、派手に傾いた扉の中へ引き入れる。高い天井の半分が崩れ落ちたその建物の奥に、この星の神と思しき人物の白い巨像があった。跪いて祈りを捧げるのだろう、その正面には低い祭壇が備え付けられている。
「お祈りの時間だ」
 彼は赤い絨毯の上に散る大小の瓦礫を蹴遣りながら、女を引っ張って奥へと進み、薄く土埃の積った祭壇の上に投げ出した。
「さあ祈るがいい。助けて下さいと祈ってみろ」
 神の足元で犯されるんだ。救われるはずの場所で、皮肉な話だな。女に馬乗りになり、その耳元に唇を近づけて彼は低く笑う。
 しかし、女のさまに惨めなところは微塵も無かった。神に祈るでもなく、命乞いして彼に媚びるでもない。ただ大きな目を開き、組み敷かれるまま彼を見上げている。側面の大窓に象られた色ガラスの聖人達を通し、陽の光が彼らに階(きざはし)を成す。その光に、女の瞳が異なった色に輝く。左は青く、右は銀色に―
 女の瞼が下りてゆく。厳かな静けさに、彼は一瞬、ほんの一瞬、そこが戦場であることを忘れた。



 1  2  3  4  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  Gallery  Novels Menu  地下室TOP  Back  Next