十日間戦争 ― things I'll never say (9)

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「それで、今度はなんでケンカしてたの」
 トランクスの問い掛けに、ブルマは苦笑いする。
「さあ、なんだっけ」
 中庭のチーク材のテーブルに着き、母子は朝食の真っ最中だった。彼女の腕で一抱えもあろうかという大きな籠からは、焼き立てのパンが放つ芳香が漂ってくる。
「なにそれ」
 彼はちらりと母の顔を見上げて呆れたように呟き、スライスされたブレッドに祖母特製のピーナツペーストをたっぷりと乗せる。
「たいしたことじゃないのよ、きっと」
 彼の手の中でこんがりと色付いた縁の部分が美味そうだ。目の端に映ったクロワッサンの欠片をテーブルクロスの上から払い落としながら、彼女はコーヒーを口に運んだ。
「ママたちのケンカって、ちゃんとしたテーマがないよね」
「―そう?」
「そうだよ、だっていつもそんなこと言ってるじゃん」
 大人びた事を言い、彼は口一杯にパンを頬張った。それから母親の前だったという事を思い出し、空いている方の手で慌てて口を塞ぐ。あまり口うるさい方ではないのだと思うが、彼女は食事のマナーにだけは厳しくしていた。
 ここのところはずっとこんな風なのね。
 彼女は黙ったまま、トランクスに向かって片方の眉を上げてみせる。自分が忙殺されて監督できない環境で、彼は自由気儘にやっているのだろう。最近ではベジータと食事することが多いようだ。
「ご、ごめんなさい」
 急いで口の中の物を飲み込み、彼は上目遣いに彼女に謝った。前髪の先に付いたパン屑を取ってやりながら、素直な様に彼女は相好を崩す。
「気をつけなさい。あんたの将来には、そういう事も大事になってくるんだから」
 柔らかな頬に寄り道しながら、彼女は彼から手を離した。光の中を白く泳ぐそれを、彼女と同じ青い瞳が追いかける。
「パパはいいの?」
「え?」
「パパだって、たべてるときはぎょうぎがよくないよ」
「・・確かにね」
 彼女の指に視線を定めたまま、今度は手の中のパンを適当な大きさに千切ったトランクスの声には、わずかだが不服そうな色があった。
「しょうがないわよ、『兵は神速を貴ぶ』って言うでしょう。ずうっと速く食べる事が必要な環境にいたんだもの。マナー違反な所はあるけど目を瞑ってあげないと・・」
 たくさん食べるから、結局普通の人より時間が掛かってるけどね。テーブルにカップを置きながら、彼女は内心で付け加える。
「いまはひつようないじゃん」
「習慣とか癖って、大人になっちゃったらそうそう簡単に変えられなくなるもんよ」
 だから気をつけなさいってこと。彼女は無意識に腕時計に目を落としながら、それにね、と続ける。
「お行儀良く食事するベジータなんて、ちょっと気持ち悪いと思わない?」
「そうかな」
「あいつの食べ方って確かにちょっとアレなんだけど、おいしそうなのよね」
 見てるこっちも幸せって感じ。言ってからふと、彼と彼女と、彼女の以前の恋人が寝起きを共にしていた頃の事を思い出した。
 彼女は、ここのところ多少の改善を見てはいるが、かなり控えめに言ってあまり料理上手な方ではない。昔は、世界中の誰も犯さないような失敗で食事を台無しにしてしまう事がよくあった。
『ブルマ、お菓子は上手いのになあ』
 決して不味いとは口にしないが、溜息をつきながら恋人が見放したその同じ料理を、ベジータは黙って平らげてしまったものだ。
『・・・大丈夫だった?』
『・・?何がだ』
 自分の料理を、青ざめもせず、常と同じく豪快な様で他人が食い尽くす場面に遭遇した、あの奇妙な感動。味が分かるほどゆっくり食べてない、というだけなのかもしれないが・・
 だが好きな食べ物はある。
「知ってた?」
 彼女は籠からロールパンを皿に移しながら、隣でヨーグルトのガラスボウルに手を伸ばしている息子に声を掛ける。
「なにが?」
「パパって、苺が好物なのよ。ママとお揃い」
 トランクスが一瞬動きを止める。彼らは顔を見合わせ、同時に吹き出した。



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