十日間戦争 ― things I'll never say (7)

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 奇岩の群れが続く荒野の中、一際背の高い柱の頂上に彼は腰を下ろした。
 そこは彼の指定席である。以前、よく野外トレーニングに使った場所だった。彼方に、蒼い肌の高山が小さく連なっている。幾つかは彼が破壊したため、形が変わってしまっていた。

 自分が相手を殺すのか、相手が自分を殺すのか。役に立つのか、立たないのか。
 ベジータにとって、他者との関わりはずっとそういうシンプルなものであり続けた。彼は戦闘力の―ここでは知能を含む総合的な戦闘能力を指すが―高低を基準に、自分以外の者との距離を測って来たのだ。昔日を思うとき彼の胸中には苦々しいものが去来したが、それはある意味で「やりやすい」日々ではあったといえる。
 ブルマも、最初はそうした関係性の枠内で捉える事が出来たのだ。『使える』存在であり、それは今でも変わらない。だが彼らの間柄は、出会いから今日に至るまで劇的に変わり続けている。異星での、敵同士としての出会い。それが自身の意思とは関わり無く彼がこの星に降り立って以降、同居人となった。衝撃の未来が告げられ、彼らは戦士と科学者になった。いつしか身体を交わすようになり、そのうち彼女は彼の息子の母親になった。
 殺そうか。
 そう思ったのは、実は一度ではない。だがその都度、彼なりの理由をみつけて思い留まった。住環境が整う。彼の注文に応える能力がある。見ていて退屈しない。時に強烈な快楽をもたらす。そして―
 今は殺す理由がない。
 だがかつては、命を奪う事に理由など必要では無かったはずだった。そして相手に強弱はあったものの(それに伴って征服の満足にも程度の違いがあったが)、『殺』とは長く彼の存在意義でもあり続けた。不愉快なのは、それが彼の属した軍に於いてであったことだったが、それでも尚、それは彼の本能が欲する処ではあるはずだった。自分以外の者の意思で義務付けられたそれは、屈辱と共に生々しい愉悦を彼に与えた。彼の前で命永らえたものは、そう多くない。そしてその悉くが、彼の興味が他の何かに向けられていたが為にそれを運良く拾う事が出来た、というだけのことだ。



 声を上げたら殺してやる。
 最初、半分本気だった。だが腹を立てていたのは事実だが、それで殺すというなら彼女は何度死んでいるか知れない。敏感に反応する自分に苛立って少し仕草が乱くなるのを自覚しながら、それでも彼は久方振りに、心ゆくまで彼女を堪能した。
 だが満ち足り、重なったままでいた彼の目に、白い首筋の耳の傍辺りにある見覚えのない痣が飛び込んだ。
「――」
 陰に入ると、そこにある物の輪郭は濃くなる。月が中天を越して照射を失った部屋の中で、その不規則な形は奇妙なほどくっきりと彼の眼球に焼きついた。鎮まっていた彼の内部が再び燻り始める。くだらん。その小さな火種から目を逸らした瞬間、半裸の彼女に絡みつく誰とも知れぬ男の腕が脳裏をフラッシュした。
 彼は思わず身体を起こし、女の顔を確認する。微かに届く街明りに睫毛をつやつやと光らせ、絶え入るように眠っている。平和そのものといった表情は、たった今妄想の中に見た淫らな彼女とは別人のようだ。
 突然、彼は自分の中から焼けた石がせり上がってくるような感覚に襲われた。それは彼の胃を焼き、気管を焼く。激しい咽喉の渇きと、胸の中を捻(ねじ)り上げられるような苦痛に、彼の息は知らず荒くなった。
 想像に過ぎない。解っているのだ。だが理屈ではなかった。猛烈な感情に頭の中が白濁してゆく。女の首に手を掛けた刹那、彼は自分のその行動に気付いた。
 わずかに指を沈める。柔らかな皮膚を通して先端にどくどくと脈動が伝わった。命そのものを掌に納める、長く忘れていたその感触―
 ああ。
 彼は目を閉じ、目覚め始めた本能の声に耳を傾ける。
 思い出せ、お前自身を。
 咽喉を握り潰す独特の音の記憶が、内側から鼓膜を震わせる。錆びた鉄の匂いが鼻の奥に立ち昇る。塩味を帯びた甘い体液の味が、舌の上に甦る。
 瞼を上げた。女は目を閉じたまま、僅かに眉根を寄せている。



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