十日間戦争 ― things I'll never say (2)

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(下品な格好だ)
 出勤して行くブルマの姿を思い出し、ベジータの眉間が険しさを増す。
 それは彼が彼女の服装について常々思うことだった。胸元の刳れたもの、腿を露出させたもの、背中が大きく開いている―ひどい時は紐しか無い―もの。彼女は、自分の肌をアクセサリのように披露する。さすがに最近は、仕事柄が変わったせいか昔ほど露出は激しくないが、それでも今朝などは、スカートの脚の付け根近くまである切れ込みから、靴下の上部を縁取るレースが微かに見え隠れしていたような気がする。
 気に入らん、と口にした事はない。彼が顔を顰めただけで、彼女は面白そうに『妬いてるの?』とふざけた事を言う。それを彼の独占欲だと思い込み、勝手に満足しているのだ。彼は女をつけあがらせるつもりはなかった。
 気高く上品に、などと不可能なことを言うつもりはない。人並みの羞恥心位は身に付けたらどうなのだ。
 それが皆無だという訳ではないらしい事は、長く共に暮らす中で分かってきた。だが彼女は、真っ白な肌が、柔らかな曲線を描く自分の身体がどんな力を持つのか熟知している。それを考えると、彼は胸糞悪さを覚えずにはいられない。
 卑しい―
 とすら感じた。彼女は多くの武器を持っている。そしてそれらの全部を振り翳さなくとも、負けることなどあり得ないのだ。要するに、彼女はこの剣を抜くのが好きなのだろう。それは女達を沈黙させ、羨望と嫉妬を掻き立てる。男達を―
「パパ?」
 不思議そうな声に、はっと顔を上げた。斜め向いの席でチキンの香草焼きを頬張っていたトランクスが、彼の手許で折れ曲がったフォークにじっと注目している。
「マジック?」
 首をかしげ、視線を彼の顔に移動させた。紫色の細い髪がさらりと流れる。刹那、女の髪の匂いが鼻の奥に甦り、彼は息子から目を逸らした。
「ボクもできるよ」
 トランクスは、ほら、と銀色のカトラリーを手に取り、小さな指でくにゃりと曲げてみせる。これ、どこがマジックなんだろうね。みんなはできないのかな。自分の手許を見下ろしながら、真面目な顔で呟いた。
 彼には集団生活の経験が無い。彼にとっての基準は全てにおいて父親であり、それは彼の憧れる大人の男そのものでもあった。父以外の身近な男性である祖父は、彼の中ではまだ『大好きなおじいちゃん』以外の何者でもなく、地球一の偉業を成し遂げた『男』だという位置付けは成されていない。
「・・無闇に物を壊すな」
 トランクスにはサイヤ人の血が―なかでもとりわけ高貴な血が―流れている。この小さな子供に自身の血を感じるたび、ベジータは密かな満足を覚えた。彼の息子には確かに、誰よりも強く育つ義務があるのだ。
 しかしこの子供は、この星で生きて行くのである限り「自分は他人とは違うのだ」ということを自我を意識する以上に理解する必要があった。かつての自分の様に身一つを頼りに生きて行くのも道の一つではある。だが息子を取り巻く環境は彼にそれを許さないのだろうし、豊かな選択肢を持つ彼がそれを選ぶとも思えなかった。本能のままに生きる。その喜びは味わえるかもしれない。けれどこの自分でさえ、今の静かな生活を悪くないと感じるようになっているのだ。半分地球人である息子にとって、それは最上のものとは成り得ないだろう。
「力は必要最小限の範囲で使え。いいな」
 子供は深い青色の瞳でじっと彼をみつめ、はい、と頷く。
「そうだね、みんなはパパみたいにつよくないものね」
「――」
 一足飛びの台詞に、正直驚いた。それから、それが母親の教えた言葉なのかもしれないと思い当たる。息子に何事か含める時の女の柔らかな伏目が浮かび、彼は微かに舌打ちした。


 夕食後、自室に戻った。ベッドに腰を下ろし、履物を脱ぐ。
 暴言が許せない、という訳ではない。
 彼女の、あんな程度の非礼には慣れっこだった。問題なのは彼女の纏うピリピリとした空気だ。ここのところ常時苛立っており、触れれば即爆発しそうな危うさがある。
(抱く気にもならん)
 言い争いになる以前から、彼女と共に過ごさない夜が続いていた。その気にならないのか、彼女も彼を訪ねては来なかった。
 靴から解放された足を毛布の上に投げ出し、勢い良く枕に頭を沈める。
(む・・)
 マットのスプリングの軋みが、彼を僅かに動揺させた。小さな音に、自分の身体の下で揺れながら喘ぐ女の細い声が重なる。
(くそ)
 欲しくない、という事ではないのだ。ただ今の彼女の刺々しさに触れると、そんな気が失せてしまう。あんなに余裕を失った姿は目にした事がない。あれは彼が長年掛けて知り、馴染んできた女ではなかった。
 もう、来ないで。
「誰が貴様の事など―」
 飽きっぽい彼女の事だ、既に新しいパーツをみつけているという事も考えられる。二度と来るなと言い放った、あの激しい調子―
「勝手にしろ」
 俺には関係無い。気付くと、声に出していた。焼け付くような胸糞悪さがどこから来るのか、はっきりと理解出来る。
(くそったれが)
 その名が何なのかさえ分かってしまう自分に、彼は腹を立てた。



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