ともにいるこのひとときを (4)

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『・・ませガキめ』
『パパってば!・・・んもう、いいよ!ボクいくからね!』
 トランクスは走り出した。程無く、中央広場の噴水近くのベンチにブルマが腰掛けているのを見つけ、両手で顔を覆い、肩で息をする彼女に近づき、そっと声を掛けた。
『ママ・・』
『ん・・ごめんねトランクス。びっくりしたでしょ』
『うん、まあね』
『ママも自分でびっくりしちゃった・・』
 ブルマが顔を上げる。目元に施した化粧が崩れて頬に黒く筋を作っている。トランクスはポケットからハンカチを取り出して言う。
『ほら、ふきなよママ。せっかくびじんなのに、だいなしだよ』
『・・あんたってほんとに誰に似たのかしらね』
 ハンカチを受け取って涙を拭う。
『顔はあいつにそっくりだけど・・』
 熱が収まるのを待って、化粧を直す。トランクスは母の隣に腰掛けた。彼女の身体からは透明な花のような、穏やかであたたかな香りがする。髪型も化粧も服装もころころとよく変える母だったが、身に纏うこの香りだけは、彼が物心付いたときからずっと変わらない。
 彼は知っている。彼の父が、彼女がかたわらにいるとき、あるいは彼の傍を通り過ぎてゆくとき、少し長い瞬きをしながらこの香りに浸ることがあるのを。そのとき、父の発する気が少しだけ優しく、やわらかになることを。彼はそれを感じるといつも、身体の中から沸き起こるくすぐったさに耐えられず、もじもじと身を捩ってしまうのだ。
 涙の跡を消して、彼女がコンパクトを小さなバッグに仕舞う。きれいだなあ。その横顔を見上げてトランクスはうっとりする。ママって、なんでこんなにきれいなんだろ。
『えへへ』
『?なあに、何笑ってるの?』
『ううん、なんでもないよ』
『おかしな子ねえ』
『ねえママ、アイスかってきてあげようか』
 トランクスは、友人の悟天が泣いていたとき、自分が食べようとしていたアイスクリームを差し出すと、彼が泣き止んでにっこり笑ったことがあったのを思い出し、広場の向かいにあるジェラートショップを眺めながら言った。彼女は、苦笑しながら彼にコインを渡す。
『そうね、お願いするわ。ママはラムレーズンね』
 程なく彼はジェラートを両手に戻ってきた。はい、と彼女の分を手渡しながら、再び彼女の隣に腰掛け、チョコミントのジェラートにかじりつく。その様子を見遣り、彼女は少し笑う。
『ほら、チョコ、ほっぺについてるわよ』
 そういうとこもパパそっくりねえ。言いながら彼女は、彼にジェラートを預け、バッグから自分のハンカチを取り出して彼の顔をやさしく拭ってやった。
『ママはずっとつらかったの?』
 母の叫びが彼の耳に蘇る。ハンカチを広げ、彼の襟元に差し込んでやっていた彼女は、その言葉に動きを止める。
『ママも知らなかったわ、自分があんな風に思ってるなんてね』
 言葉にしないと分からないもんなのね、と再び彼の襟もとを整えてやりながら彼女は呟くように言った。
『違和感を抱えてたのは、つまりはあたしのほうなのよね』
 彼女は彼の手から自分のジェラートを受け取りながら続ける。
『イワカン?』
『ずうっとね、ボタンを掛け違ったまま服を着てるような、そんな感じだったの。気持ちがね。毎日ずっとそれを意識して生きてる、って訳じゃないんだけど、ときどきふっと、そんな風に感じてたの』
 何か物思いに沈むような表情を目にしたとき。彼女が抱擁(ハグ)を解こうとするのを、腰に回った手が一瞬、引き止めたように感じたとき。もの言いたげな、でも言葉が分からなくて途方に暮れたような目に出会ったとき。
 それらは、いつもほんの一瞬顔を覗かせるだけで、あ、と思ったときにはもう彼女の手の中をすり抜けてしまっていて、捕まえることが出来なかった。そのときの、空(くう)を掴むようなあの感じ。
『あれを、違和感って呼んでいいかのかどうか、分からないけど』
 勘違いなのか、と思う。でも確かに何かが違うような、そんな気がする。何が違うのかはっきりとは判らない。不安のような、焦燥のような何かが、心を過(よ)ぎってゆく。でも彼女は忙しい。ゆっくり考え込んでいる時間が無い。また、楽天的な性格も手伝ってその場はそれを忘れてしまう。そして朝起きたときの、彼女が帰宅したときの、重力室から出てきたときの、あの憮然とした、一体何がそんなに面白くないのかと問いかけたくなるような不機嫌な表情に出会うと、あれはやっぱり錯覚だったんだと安心する。
 でも、澱のように、灰のように、それは彼女の心に降り積もっていたのだ。忘れたと思っても、錯覚だったと思っても、消えてしまったわけではなかったのだ。そして、あの日。
 あの男が、死んだ日。
 ジェットフライヤーに乗っていて、爆風に煽られたとき、全身に嫌な汗が噴き出してきた。彼の身に何かが起こったことが、確信に近い勘で彼女にはわかった。手のひらをむずむずとした感触が走り、居ても立ってもいられなかった。突如としてその姿を現した、自身の中に降り積もった違和感の灰に、彼女は押し潰されそうになった。
 彼が死んだと聞いたとき、彼女は泣き叫びながら、身体が軽くなるのを感じた。もう違和感は無くなっていた。来るべき時が来て、彼女はあの身の置き所の無い嫌な感覚から解放された。そして見たのだ。彼が引き千切って持って行った、半分になってしまった自分自身を。
『そのときママね、一瞬自分が誰だかわかんなかったの。ほんの一瞬だけど』
 あれ?あたしは誰だっけ?ああそうか、ブルマ、よね。ブルマ?って・・何だっけ、それ。あたしの名前よ。そうなんだけど・・
『不思議なのよ。自分が誰で、ここがどこで、周りで心配そうに自分を見てるのが誰で・・全部分かるんだけど、実感が無いの。自分は人間で、女で、トランクスっていう息子がいて・・息子の父親は死んで・・全部分かってるんだけど、何の感慨も沸かないのよ。ガラスの器の中から外を眺めてるみたいな、っていうのかしら。聞こえてるし意味も分かるんだけど、自分にとってその音は何の意味も無いの。何かに触れたり、触れられたりしてるんだけど、そこから何も、例えば温かいとか冷たいとか、やわらかいとか硬いとか、判断は出来るんだけど、感じることが出来ないの』
 トランクスはそのときの母の様子を知らない。父に気絶させられていたからだ。目覚めたときには神殿にいて、そして彼は父を失ったことを知った。
 母はしっかりしているように見えた。次の日には仲間たちとカードに興じたりしていたようだし、父の死にそれほど衝撃を受けているようには見えなかった。けれど母は。
 あのとき、普通に振舞いながら、そんな雲を踏むような時間を過ごしていたのだ。そんな霞のかかったような目で自分を見て、彼女自身に何の感慨ももたらさないその手で自分の頭を撫でて、もう息子のやわらかな頬を愛しいと感じることのないその唇で、自分にキスを落としていたのだ。
 父が遺した言葉が彼の脳裏に蘇る。母を自分に託したその言葉が、彼の果たすべき義務の何であったかが、今更のように彼に迫ってきた。
『ママ、パパがね』
 決心したように口を開く。幼い彼が、父の性格を慮って、そしてそうすることが暗黙のうちに交わされた男同士の約束であるかのように、ずっと漏らさなかったその言葉を、今、口にする。
『パパがね、死ぬまえにボクにいったんだ。ブルマを、ママを大切にしろよ、って』


「ええ話じゃ・・!」
「ああ、体から水分が出てしまう・・!」
「トランクス、お前泣かせ所を弁えてるよな・・うう・・」
「グスン、ほんとはそういうときの為にとっておいたんだろ、その話」
なんだクリリン復活したのか
「ちっ、つまらんのう、もうちょっと遊びたかったのに」
「そうですよね」
「オレ遊ばれてたんすか!?」
「知らなかったのかい」
「18号まで!?」
「皆さん、まだやるつもりだったんですか?これ以上やるなら私がそろそろドクターストップ掛けようと思ってたんですよ」
「亀まで!?」



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