ときはめぐる ひとはいきる (8)

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「スーパーサイヤ人でも、子供には門限が必要なわけか」
 彼らは顔を見合わせた。クリリンが、ヤムチャの手の中のカプセルに目を移し、訊ねる。
「ヤムチャさん、フライヤーなんか使うんすか?」
「ああ、今日は場所が近いしな。それに飛んでったらセットが崩れるんだ」
 ヤムチャは、子供たちが起こした風に乱れた髪を整えながら答えた。すこしけだるい感じのその長髪―年齢的に、今が限界だろうというそれを、彼は気に入っていた。カプセルのスイッチを押し、放り投げる。ぼん、という音と共に赤いジェットフライヤーが現れた。
「ひゃあ、かっこいい!最新式じゃないすか!デートすね?」
「まあ、まだ二回目なんだけどさ」
「よりどりみどりですもんね」
「止してくれよ、オレはいつだって一筋なんだぜ。女の子が勘違いして疑うだけで・・」
「はいはい、そういうことにしときますよ」
 ちぇ。膨れ面を、陽が赤く染めた。やっぱ、いい男だよなあ。クリリンは、伏目の睫毛が大きな傷跡のある頬に作る濃く長い影や、少し尖らせた形のいい唇を眺めながら、感嘆する。この人はいくつになっても、きっと、ずっといい男なのだ。その年齢なりの、男らしい美貌を保ち続けることだろう。
 顔を上げ、ヤムチャはきらきらと輝く水面に目を遣り、眩しそうに目を細めた。
「泣いてたな、あいつ」
 トランクスの、あの打たれたような表情を思い出す。深い青の瞳から流れ落ちた涙。限りなく尊敬し信頼を寄せる父の、彼への愛情を疑ったことは、多分一度も無い。そして、そのはかりしれない深さを、今日知っただろうか。
「まだ完全には理解出来ないでしょうけどね。自分の親父がどういう男なのかってのも含めて」
 クリリンは、トランクスの父の半生に思いを馳せる。
 生きるべき場所を見失い、揺れたこともあっただろう。戸惑いながら、それでも受け入れてきた自分と、自身がかつてそうあるべきと思い定めてきた自分との狭間で、理性を手放したこともあった。だが、自分以外の誰かのためにその命を投げ出したあのとき、「あるべき自分」が否定してきた生き方の極みを自身で選び取ったあの瞬間、彼は拘りのすべてを捨てたのだろう。そして自身の魂の声に従ったのだ。それは死の瞬間でありながら、彼がただの一人の男として生きた永遠の一瞬でもあった。
 自分に正直に、ひたすらまっすぐに、真摯に生きる。その姿を、幾多の戦いを通じてクリリンは見てきた。それは善悪を越え、恩讐を越えて、ある種の敬意を彼に抱かせないではおかないものだった。ポルンガが、ベジータを何を以って極悪人ではないと断じ、いま再びの生を許したのかは分からない。だが彼は思うのだ。神の―宇宙の意思の化身であるあの龍は、かの男の行為やその結果ではなく、それを引き起こした人間そのものをみつめたのだ、と。
 トランクス。おまえの大好きなパパは、そういう男なんだ。パパがおまえたちを守ろうとしたってことがどういうことなのか、いつかきっと、理解してくれ。
「結婚、考えようかな。本気で」
 打ち寄せる波音を縫って、ヤムチャの声がクリリンに届いた。
「子供欲しくなったんすか?」
「うーん、面倒くさそうではあるけどな」
 クリリンは、過ぎて行った多くの季節を思った。
 危機は幾たびも彼らを襲い、春は幾たびも彼らに巡った。幾人が彼らの前に現れ、去って行ったことだろう。そして幾人が、命の光を手にしたことだろう。
 人は生きる。そのかがやきは、かれらが織り成す絆のあかし。
 自分も、目の前にいるこのひとも、やがて老いる。子供たちに巡り来る様々な季節を、すべて見届けることはできないのだ。しかし、だからこそ、受け取るものたちと手渡すものたちの繋がりは、強い光輝を放つのかも知れない。そう思うと、今を生きるすべてが、いとおしい。
「じゃ、オレ行くわ」
 ヤムチャがジェットフライヤーに乗り込む。赤いボディーが、陽光を跳ね返しながらゆっくりと浮き上がる。頑張ってくださいよ。声を掛けると、ヤムチャが運転席で右手をあげて笑った。じゃ、またな。言うと、一気に加速する。クリリンは、彼の姿が夕日に溶けて消えた後も、その場を動かなかった。
「クリリン?」
 どうしたんだい。妻が、いつまでも戸口に立ち尽くしている彼の背に声を掛けた。
「もうすぐ夕飯だよ。皿並べるの、手伝ってくれるかい」
 彼女の足元をすり抜けて、マーロンが彼の元に駆け寄ってくる。抱き上げながら、彼は戸口をくぐる。
「お師匠様は?寝てんのか?」
「ああ、ガキに振り回されて疲れたんだろ。二階で爆睡してるよ。そのうち起きてくるさ」
「やさしいな、18号は」
「・・なんだよそれ」
 春だからな。ちょっとセンチになってるんだ、オレ。・・ふうん。でもやさしいのは、あんたさ。
 夕日の最後の一筋が波間に消えて行く。入れ替わりに、ハウスに明かりが灯る。室内からは、三人と一匹の笑い声が響く。
 昼間はにぎやかだった浜辺に、静かに波が打ち寄せる。潮風が椰子の葉を撫でる音が、その音と重なる。充満していた日差しの匂いが、ゆっくり夜の香りへと熟成を始める。再び太陽が昇るころ、それは新しい、透明な香りに生まれ変わる。
 そうやって。
 日々は浜辺に降り積もる。駆け抜けてゆくすべての季節を、その腕の中に抱きとめながら。

2005.4.13



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