ときはめぐる ひとはいきる (5)

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「トランクスくん、どうしたの?」
「・・・悟天」
 彼は友人の心配そうな声に我に返る。
「どうしたの、なんでないてるの?おなかいたいの?」
 眉をしかめて悟天が覗き込んでくる。ねえ、だいじょうぶ?尋ねる彼の声も、揺れている。
「・・バ、バッカだなー!ガキじゃあるまいし」
 悟天の目にじんわりと滲んだ涙に、トランクスは彼を泣かせるまいと急いで言った。
「トランクスくん、こどもじゃない」
「・・いやそりゃそうだけど・・おまえよりずっとおっきいんだぜ」
「ないてるのに?」
「これは・・う、うるさいな、おとなだってなくことはあるだろ」
 両手のひらで頬をぬぐう。それらは氷の温度を移して、つめたかった。
「ひとつしかちがわないのに?」
「ひとつでも、年上は年上なんだ」
 ヤムチャは、彼らの遣り取りを眺めながら手にしたグラスを口元に持っていったが、彼の唇に触れたのは氷のひんやりとした感触だけだった。ひとつ口に入れて、がり、と噛み砕きながらトランクスの頭をぽんぽんと叩く。
「愛されてるよなあ、お前」
 父に。母に。友人に。そして、仲間たちに。彼は、こどもあつかいしないでよ、と口を尖らせる。子供じゃないか、実際。にらまれて、彼は言葉と笑いを噛み殺した。
「ねえトランクスくん、続きやろうよ」
 悟天が、彼らの砂の基地へ友人を誘う。おう、そうだな。トランクスは残りのコーヒーを一気に飲み干した。悟天もそれに倣う。グラスを持つ子供たちの小さな手を、クリリンはみつめた。
 このちっさい手に、命預けたこともあったんだよなあ。
「ごちそうさま」
 グラスを置いて戸口に向かいながら、トランクスは大人達を振返り、立ち止まる。
「ありがとう、おしえてくれて」
「ああ。忘れるなよ」
「わすれるわけないじゃん。死んだってわすれないよ」
 トランクスくん、はやくーう。友人が急かす声に外に出ようとする彼を、ヤムチャが呼び止める。
「ただし、ママには内緒にしといてやれよ。じゃなきゃパパそれこそ自爆しちまうかもだぞ」
 神殿にいたとき、あいつの最期はどんなだったの、とかブルマに訊かれてピッコロが話しちまってるかもしれないけどな。思いつつ、それでもベジータを擁護する。
「うん、わかってる。パパってシャイなとこあるから」
 もしリコンのキキってやつにちょくめんすることがあったら、はなすことにするよ。言い残してトランクスは太陽の下に飛び出して行った。
「・・・あいつ、ホントに子供なのか?」
「・・・ドラマとかワイドショーとかの影響なんすかねえ」
 この子には極力見せないでおこう。クリリンは起きだしてきたマーロンを膝の上に抱き上げながら考えた。
 突然、屋外で子供たちの叫ぶ声が彼の耳をつんざいた。続いてどさっという衝撃音。
 何だ!?抱き上げたマーロンを傍に立っていた18号の腕に渡すと、ヤムチャと共に飛び出す。
 彼らの目に、大きな波に基礎部分をさらわれ、崩れ落ちた砂の基地の無残な姿が飛び込んできた。この子供達の築いたものだから、普通の大きさではない。カメハウスの半分もあろうかという巨大な代物だったのだ。それが崩れ落ちて来たのだからたまらない。湿った砂の山と化したそれの裾野部分が、ハウスの壁の一面を半ば覆っている。
「あーあ、もうちょっとで完成だったのにい」
 砂まみれになった二人が空中でぶうぶう文句をたれていた。
「・・・子供なんだな、やっぱり」
「そうすね・・」
 しかし、そうやって砂遊びに興じる、その規模は別にしてごく普通の子供らしい彼らの一面を、季節の見せる一瞬のきらめきにも似たものに感じ、愛おしむ自分がいる。トシとっちまったってことなのかなあ。戸口のところであきれている妻と、その服の裾をつかんで不思議そうにこちらを見ている娘を見遣りながら、クリリンは小さくひとりごちる。
 砂の下から、デッキチェアでうたた寝していてまともに下敷きになった二人(一人と一匹)が這い出してくる。なんじゃ、どうしたんじゃ。・・なんじゃこれは!!状況を把握できない亀仙人が、砂の山に驚く。こうなるんじゃないかと思ってたんですよね。隣で亀は冷静に呟く。
「まあ、ハウスに異状は無いようですし。いいんじゃないですか」
「何がいいんじゃ!見ろ!わしのサングラスが・・高かったんじゃぞ、これ!」
「亀仙人さま、額にかけらが刺さってますよ」
「何!?・・ああ、わしの美しい顔に、キ、キズが・・」
 ほら来な、洗ってやるから。そんなんで家に入られちゃ困るんだよ。ホースを手に、蛇口を握りながら、砂まみれの子供たちに18号が呼びかける。わしも頼む。言って亀仙人が二人の横に並ぶ。まったく、ちょっとは年寄りを労わらんか、と子供たちに説教しながら。
 ホースの先のシャワーヘッドから、軽快な音と共に水が噴き出す。子供たちはこそばゆさにげらげら笑い、老人はふう、と溜息をついた。午後の日差しの中、小さな虹が出来る。タオル頼むよ。彼女が振向いて夫に声を掛けた。彼は手をあげてそれに答える。見上げると、少しだけ柔らかな水色の空。新しい、潮風のにおい。春だなあ。彼は呟き、屋内へ向かった。



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