ときはめぐる ひとはいきる (4)

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 トランクスにとって、あの戦いは、初めての戦いであるという以上に特別な意味のあるものだった。自分と悟天が大人達以上に活躍した戦い。彼らの父親が英雄的な働きをした戦い。宇宙を、救った戦い。彼はそのことを思うと、いつも叫びだしたいくらいの誇らしさで一杯になる。そう、彼の父は確かに地球のために、戦ったのだった。けれど。
 母を自分に託した父の遺言。最後に自分を抱きしめて囁いた、元気でな、という言葉。それらが今、新しい意味を持って彼の奥深くに響いてきた。
 神殿で再会したとき、彼は両親が他人の目の前で抱き合うのを初めて目にした。いつもなら顔をしかめて母を引き剥がそうとする父は、彼女の抱擁を黙ったまま受け止め、その背に片腕を回して抱き寄せたのだ。静かに涙を零しながら震えている母の首筋に、何かを確認するように鼻をよせ、目を閉じ眉根を寄せた父の一瞬の表情。

 パパ。

 パパはさあ、なんかないの。最近通い始めた学校で出された作文の課題。「ぼくのたからもの」というテーマで行き詰まり、重力室から出て休む父に尋ねる。俺のじゃない、おまえのだろう。自分で考えろ。父はそっけない。ボク、作文ってにがてなんだよね。さんすうとかはすきなんだけど。うちの先生ってなんであんなに作文がすきなんだろ。ぶつぶつと愚痴る彼に、父は言う。簡単なことだ。無くしたくないものの一つや二つあるだろう。それだ。それがさあ、いっぱいありすぎてわかんないんだ。―強欲な奴だ。ゴウヨクってなに?もういい、自分で考えろ。

 パパ。

 ママ、ゴウヨクってなに?なあに、どうしたのいきなり。彼は父との遣り取りを話してためいきをつく。こまるんだよね。神龍に頼んでクラス替えてもらおうかなあ。まんざら冗談でも無さそうな彼の深刻な様子に、母は声を立てて笑う。ほんと、あんたパパの言うとおりよ。強欲だわ。だからさあ、そのゴウヨクってなんなの?すごく欲張りってことよ。ボクが?なんでさ?ふふ、さあねえ、自分で考えて。ええーっ、またあ!?今わかんなくても、そのうち分かるわよ。ホントに大切なものに気が付いたときに、ね。

 パパ。

 母が深夜に帰宅し、ソファでくだをまいていた。また酔っ払っていやがるな。なんだトランクス、まだ起きてるのか。早く寝ろ。ベジータあ、あいつ許せないのよ!殺しちゃって!あれはうちが先に目をつけてたのに!さっさと持って行ってくれちゃってさ!あんなやつ死ねばいいのよ!そうよ、殺してよ!殺しちゃって!ああ、また今度な。父は、クッションを滅茶苦茶に殴る母の両手を左手に纏め、右手で母の頭を掴む様にして両目を覆う。母はまだ何か物騒なことを叫んでいたが、次第に静かになり、ことりと寝入る。・・パパ、いまなにしたの?さあな。こいつは昔から酔って暴れてるときに俺がこうすると静かになるんだ。パパってもうじゅうつかいみたい。そうだな。そんなところだ。

 パパ。

 ねえ、パパはママのことすき?・・ブルマに訊けって言われたんだな。ちがうよ、ママはいつもパパに、だいすき、っていってるじゃない?パパは?ママのこと、すき?馬鹿なこと訊くんじゃない。大体あいつのあれは口癖みたいなもんだ。じゃあすきじゃないの?馬鹿なこと訊くんじゃないと言ってるだろう。「じゃあさ、ぼ」「訊くな!!」・・あーあ、出ていっちゃった。ぼくのことは、っていおうとしただけなのにさ。あんなまっかになっておこらなくてもいいじゃんか。

 パパ。

 あの憮然とした不機嫌そうな表情の奥で。
 あのそっけない言葉の裏で。

 あなたはそんなにも、母を、そして自分を―

 パパ。

 ありがとう。
 あなたのこどもで、よかった。




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