ときはめぐる ひとはいきる (3)

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「なあ、パパはママに、愛してる、とか言ったりするか?」
 彼は、ヤムチャの隣でテレビの方を気にしながらも話を聞いているトランクスに話をふる。突然の質問に、吹き出しそうになったコーヒーを辛うじて飲み込みながら、彼は激しく首を振った。
「そんなわけないじゃんか!あのパパが!」
 18号が咳払いをする。クリリンが自分の口元に人差し指を当て、静かにするよう懇願した。
「だいたい、そんなのパパらしくないよ」
「はは、そうだな、自分でもそう思ってるよな、きっと」
 赤面するトランクスのつぶやきに、ヤムチャは相槌を打った。
「そうかあ、そうだよな、やっぱ。でもあれ以降は言うようになったかもな、とかちょっと思ったりしたんだけど」
「あれ以降って?」
 トランクスは首を傾げた。母親譲りのさらさらとした紫の髪は、今は汗と海水で額に張り付いている。小さな手でそれをかき上げながら、青い瞳でクリリンを覗き込んできた。
「ほら、この前の戦いで、あいつ死んだだろ。あれからだよ」
「?どういうこと?」
「―知らないのか?ひょっとして」
 クリリンの答えに謎を深めた様子のトランクスに、今度はヤムチャが尋ねる。知らないって何を、と訊き返されて、二人は顔を見合わせた。
「待てよ、知ってんのはお前とピッコロと・・お前から聞いたオレ・・だけか?ひょっとして」
「あと、18号と亀仙人様、ですかね」
「悟空も知ってそうだけど・・ここでは問題外だな。忘れてるだろ」
「そうすね・・少なくとも他人に話してはないでしょ」
「ねえ、なんのはなし?パパはあのとき魔人ブウ・・って今は魔人じゃないけど、ブウさんとたたかって死んだんでしょ?ちがうの?」
 顔を突き合わせて、指を折って話し込む二人に、トランクスは痺れを切らす。尊敬する父の死に関して自分が知らされていないことがある、ということに、好奇心と少しの不安を露わにしていた。話しておくべきだよな、絶対。クリリンは少し間を置いて、トランクスに語りかける。
「なあトランクス、お前パパが死ぬ前、二人で何か話してたろ?」
「ああ・・うん、ママを大切にしろよ、っていわれたんだ」
 二人ははっと顔を見合わせた。お前たちは避難していろ、位の話だと思っていた。ピッコロには聞こえていただろう。しかしクリリンはそこまでは知らなかった。むろん、ヤムチャも初耳だ。
「それで・・一度も抱いたことがなかったから、って・・オレのこと、だいてくれた」
 そのときの気恥ずかしさを思い起こしたのだろう、彼はすこし赤くなって俯いた。
「あとで、パパが死んじゃったってきいたとき、ああ、パパはこれをかくごして、オレにあんなこといったのかな、っておもったんだ」
 幼いけれど、賢い子だ。彼は父の言いたかったことを、ちゃんと理解していた。ただ―
「・・・トランクス、それは違うんだ」
 ただ、その一言は、もっと深い。
「え?」
「悟空は、お前や悟天に、お前のパパは魔人ブウと戦って死んだ、魔人ブウに殺された、って説明したんだろ?でもそれは正確じゃないんだ」
「・・・」
「自爆したんだよ」
「ジバク?」
「自爆っていうか―なんていうのかな、自分で自分のエネルギーを放出しつくして、死んだんだ」
 父によく似た―色素以外は生き写しといっても良いその目を、彼は大きく見開いた。完全に理解出来たかは分からないが、彼の父が自ら死を選んだということは解ったようだった。
「普通に戦ったんじゃ倒せない相手だ、って判断したんだろうな。お前のパパは、自分のエネルギー全部を使って魔人ブウを粉々に吹き飛ばすことを、自分の意思で選んだんだ。完全に消滅させない限り奴が復活しちまうなんて、その時は分かんなくて―ベジータの狙い通り粉々にはなったんだけど、知っての通りブウは蘇生しちまった」
 あいつがここまでして駄目だったものを、どうやって倒すんだ。無駄死にだったと知ったときの、衝撃と絶望。彼の妻と息子にどう告げたらいい。クリリンの心にそのときの重圧が甦る。
「ピッコロが現場に戻って結果を確認したんだけど、ベジータの遺体は残ってなかったんだそうだ。自分の放出したエネルギーで、燃えつきて灰になっちまったんだろう」
 クリリンはトランクスの顔を見て、自分の説明を幼い彼が咀嚼出来ているかを確認する。自分の手の中で汗をかくグラスをじっと見遣りながら、彼は話に聞き入っているようだった。目を上げて、そうだ、とつぶやく。
「パパそういってた。普通の戦い方をしていては何人でかかろうと勝てない、って」
 クリリンは黙って頷いた。ヤムチャは自分が操縦桿を握っていた飛行艇を見舞った突風を思い起こす。危うく制御を奪いかけた、その風の元を思う。熱かったろうな。彼はぽつりと漏らした。
「でも『勝つ』為じゃない。相手を倒したって、自分も死んじまったら勝ったとは言えないだろ?」
「・・?うん」
「あいつは、守ろうとしたんだよ。おまえと、おまえのママのことを」
 この幼い子供に、この簡単な言葉の本当の重さが伝わることを、クリリンは願った。
 半分でもいい。よく噛みしめてくれ。
 自分が魔人を長い眠りから復活させる契機となってしまったことに責任を感じていた、ということはあったろう。だがあの男が元来そういう人間では無かったことを、クリリンは身を以って知っている。責任を感じるなど、自分以外の誰かの為に戦うなど、かつてはありえるはずのない男だった。ヤムチャが口を開く。
「誤解を恐れずに言うと、お前のパパは地球の為に戦った訳じゃない。おまえと、おまえのママが生きるこの星のために、お前たちが生きるこの世界のために、戦ったんだ」

 何かに打たれたように、トランクスは動かなくなった。



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