ときはめぐる ひとはいきる (2)

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「なになに、パパのはなし?」
 手を洗って戻ってきたトランクスが、父親の名前を聞きつけて背もたれの後ろから二人の間に顔を出す。悟天は既にオレンジジュースを手に、床に座り込もうとしていた。ねえ、チャンネル変えてもいーい?見てない様子の大人二人に、テレビのリモコンを手に彼は声を掛ける。ああ、好きなの見てくれよ、ヤムチャは自分の飲み物を手にしながら鷹揚に言った。
「ああ、お前のパパは素直じゃない男だって話をしてたのさ」
「ママもしょっちゅうそういってるけど。オレよくわかんないや」
 オレンジとコーヒーか。オレ水がいいな。トレーの方を眺めて子供らしからぬことを口にする。
「ミネラルウォーター切らしてんだ、こないだ買い忘れてさ。ポカリならあるぜ」
 言いながら立ち上がろうとするクリリンを、ううん、じゃコーヒーにするよ、とトランクスが制した。
「パパは今でも水しか飲まないのか」
 よっ、と座高の低いソファの背もたれを跨ぐ彼のために、コーヒーを注いでやりながらヤムチャが尋ねる。氷が、からからからん、とおいしそうな音を立てた。
 水しかのまないってことはないけど。彼の隣に腰掛けながら、ありがとう、と受け取る。
「基本的に必要でないものは採らない、っていうよ。その方が身体が研ぎ澄まされるんだって」
 悟天、オレンジジュースなんか飲んでんのか。子供だなあ。彼は、テレビの前に座り込み、再放送のアニメに釘付けになっている友人の背中に言った。うん、と悟天はうわの空で返す。
「あいつ水しか飲まなかったんすか」
 そういえば昔、彼等は同居していたことがあったのだった、とクリリンは思い出す。そうなんだよ。ヤムチャは遠くを見るような目をしてつぶやいた。
「何かにつけてな。必要でないものは受け付けないんだ。最初の一年か二年位はそうだったみたいだな」
 オレが出てく前あたりは、出されりゃコーヒーくらいは飲んでたけどさ。彼は自分の、黒い液体の入ったグラスを、少し揺らす。氷がガラスを鳴らす透明な音がした。
「食い物に関しては何にも言わないんしょ、意味ないじゃないすか」
 天下一武道会でのサイヤ人たちの怒涛の食事風景がクリリンの脳裏に甦る。
「食い物だってなんでもいいって訳じゃないみたいなんだ。嗜好品の類は、進んで食べようとはしなかったな。甘いものなんかも、モノによっちゃ苦手っぽかったし。ブルマが作ったチョコレートケーキも一口食べてやめちまってた。はは、あいつ怒ってたなあ」
「それ別の理由でやめたんじゃ・・」
「いや、ブルマは料理は下手なんだけど、ああいうのは割と器用に作るんだ。分量とか温度とか時間とか、お菓子ってそういう事にはうるさいだろ。仕事に通ずるもんがあるんじゃないのか」
「料理だって本に書いてある通りに正確にやればちゃんと出来るはずだとおもうけど」
「そうなんだよ、不思議だよなあ」
 ヤムチャは、彼女が料理した後の台所の惨状を思い出す。
 このフライパン使いにくいのよ、なんでこんなにくっつくの。この調味料のビン、問題あるわ。こんなにどばーっと出てくるなんて予定外よ。そうやって自分の技術以外のところに原因を見出しては、科学の粋を集めたラボから、それらを解決する道具を次々に送り出していた。しかし彼女以外は何の問題もなくこなせることを解決するそれらのものが、商品化会議の議題に挙がることはほとんど無かった。そのうえ、そうして生み出された道具類も、彼女の調理技術の向上という奇跡を起こすには役不足だったため、一度使用されるとほとんど例外無くがらくた置き場へ直行した。
「でもあいつ、黙って食べるんだよ、不味くても」
 問題なのは組成だ。そう断言して黙々と口に運ぶ。旨そうにさえ見えた。ヤムチャはほとんど尊敬しながらそれを眺めたものだ。こういうの、一種の女殺しなんじゃないのか。あんたって変わってるわね、と自虐的に呟きながら、嬉しそうな表情が隠しきれないブルマを見遣り、一抹の不安を感じたものだった。オレって勘良かったんだよな、昔から。
「それに、あいつの一言でブルマのやつ、料理しなくなったんだ」
 料理はロボットでも出来る。貴様にしか出来んこともあるがな。
 ヤムチャの、料理上手の女友達への意地のようにして繰り出される彼女の料理から逃れ、優秀な料理ロボットの作ったまともな食事にありつきたい、という一心から搾り出された言葉だったのか。あるいは、料理になど現を抜かしていないで、もっと彼にとって役立つ研究に専念するべきだ、という気持ちから出た台詞だったのか。ともあれ次の日から、飲み下すのに苦労するものが食卓に並ぶことはなくなった。
「今んなって考えりゃ、愛のささやきだな、ほとんど」
「うっわ、似合ねえ響きすね!」
 自分でも予想外の大声だったのだろう、クリリンは、うっと口を塞いで娘の方をふりむき、眠っていることを確認すると、ダイニングテーブルで雑誌をめくっていた18号のほうに首を巡らせ、額の前に片手をかざして、ゴメンの形に口を動かした。



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