蜜月―烏龍の憂鬱 (8)

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「・・くっそー、おぼえてろよ」
 水を吸い、たちまち胴の何倍もの重さになった羽に引っ張られて、彼は12メートルの高さから地上へ落下した。そうは言っても本体部分の重量が小さかったし、地面は芝生で覆われていたので、打ち身と擦り傷で済んだのだが。
 よろよろと立ち上がり、あちこち痛む体を悪態つきながら引き摺って木陰に移動すると―この間に変化は解けた―、彼は短パンの尻ポケットからカプセルのケースを引っ張り出した。一つ選び、解除スイッチを押して放り投げる。ぼうん、という高い展開音と共に、小さなジェットフライヤが現れた。ショッキングピンクの機体には、鮮やかなブルーで『烏龍』の大文字(だいもんじ)が染め抜かれている。
(おぼえてろよ、あの悪魔ども。いつか絶対、ぜったいぜったいぜーったい、仕返ししてやるからな!)
 そもそもどうしてこんな目に遭ったのだかは綺麗に忘れ、彼は雨の中を地団駄踏みふみフライヤに走り寄る。腹立ち紛れにタラップを蹴飛ばした拍子、向う脛をしたたかに打ちつけ、半ベソをかきながらそれでも乗り込もうとすると、今度は濡れた金属で足を踏み滑らせ、操縦桿にがつんと鼻を打ちつけた。もう、ヒスを起こす余力も無い。大きな青痣ができるのだろう前脛に掌を押し当てて痛みを紛らし、うんうん呻きながら、ようやっと操縦席に這い上がる。
「・・亀のじいさんとこでも行くか」
 ほとぼりが冷めるまではここを離れよう。恐いし、第一そうでなくとも顔を合わせにくい。さんざ酷い目にあったのだから(それでも彼は自分の幸運に気付くべきだ)、しばらく心身を癒しもしたかった。それにはカメハウスがうってつけだ。色気の無いメンツしかいないし、C.Cのように繁華な街中にあるわけではないが、家主と最高に波長が合うし、気を遣わなくて良い。
(あっ、そうだ)
 郊外に差し掛かったとき、彼はあることを思い出してズボンの腰ポケットを探った。
「やっぱりだ!」
 小さな赤い布を引っ張り出し、ぶら下げて形を確かめると、彼は歓喜に満ちた大声で叫んだ。それと同時に、思わず操縦桿から両手を離してそれを広げたものだから、機体が急降下する。彼は慌てて体勢を立て直し、操縦を自動に設定すると、再び大事そうに両手で赤いタンガを広げた。
「ひひ、ひひひひひ・・」
 実はブルマの部屋をうろうろしていたとき、このブツを拾ったのである。拾ったのとほとんど同時にベジータの存在に気付いたため、半分無意識のうちにポケットに仕舞い込むのが精一杯で未だ正体を確かめてはいなかったのだが、ラッキーというべきか彼の嗅覚の勝利というべきか、烏龍は狙い定めたものを確実に手に入れてきたという訳だった。
「ひゃはははは!ざまあみろ!この烏龍様に不可能はないぜ!」
 ベジータでもなんでもきやがれってんだ!まるで世界を手に入れたかのように喜び、胸を張って烏龍は叫ぶ。死の淵を覗き込んだついさっきの恐怖など、それですっかりチャラになってしまったらしい。
「いやー、スカッとしたな」
 このまま行って、じいさんに見せびらかしてやろ。彼はうきうきとそれを頭に被り、羨望と嫉妬で胸掻き毟る老人を思い浮かべて、一人ほくそ笑む。それから、ハタと気付いた。
 『不注意で落とした』のではなく、『脱いでそこに落としておいた』のだとしたら。
 彼はこの重大な事実に思い至り、一気に青ざめる。衝立の陰で、一枚、また一枚と衣類を脱ぎ捨ててゆく女の姿は、実に良い眺めではある。だがこのお宝が、実際彼らがそのようにしてストリップショウを楽しんだ結果、あの場所に安置されていたものなのだとすれば―
(・・ヤバい・・・)
 失せ物の在処は、元々定かではない。だから“失せ物”なのだ。しかし彼の想像が当たっていたとすれば、彼女はいずれこのコスチュームを回収しようとするだろう。そのとき所定の場所にモノが無ければ、事実有罪であろうが無罪であろうが、すべては彼の悪行として仕立て上げられてしまうに違いない。
『あら、無いわ?そうか、烏龍のやつが持ってったのね』
 なんてことを男に吹き込まれでもしたら、今度こそ一巻の終わりだ。
「ど、どうしよう」
 彼は目的地を変更すべく、パネルに飛びついた。カメハウスでのバカンスを楽しみにしている場合ではない。一刻も早く、C.Cの誰にも知られていない場所に身を隠さなければ―
(くそ、誰にも知られてない場所ったって・・)
『随分ナメた真似をしてくれたもんだな、豚の癖に見上げた度胸だ。覚悟―は無論出来てるな』
 こうしている今にも、男があの桁外れのスピードで追いついてくるかもしれない。コクピットから引きずり出され、宙ぶらりんで最後の祈りを捧げる自分の姿をリアルに想像し、彼はパニックに陥る。
「え、えーと、えと、悟空んちは駄目だし、クリリン・・はカメハウスか、ヤムチャは・・駄目だ、あいつ消息不明だった・・ってかあいつじゃ役に立たねえじゃんかよ!だー!もう、どうすりゃいいんだああぁ!」


 彼のメランコリックな生活は、当分続きそうである。


 2007.5.13



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