蜜月―烏龍の憂鬱 (2)

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 クレープを平らげたあと、彼は少し遠回りして『ア・ラ・ガムパーニュ』へ寄り、日頃世話になっている夫人への土産にしようとベリー類のガレットを買った。
「よっつ・・じゃなくて、五つくれ」
 新入り異星人の分を忘れていると気付き、彼は慌てて個数を言い直す。あんな奴の分まで、と腑に引っ掛かるものが無いではないが、あの男は今C.Cで一番丁重に扱われている保護動物である。居候は、色々気を遣うのだ。
 高く昇った太陽が照りつけ、少し暑くなってきたので、そこから先は車を使うことにした。ちょうど店の裏手あたりに展開場があったので、そこへ向かいながらポケットからケースを取り出し、カプセルを選ぶ。スイッチを押して放り投げると、微かにパープル掛かった青の、小ぶりのエアカーが飛び出した。C.Cの新作で、半月ほど前に譲り受けたブルマのお下がりである。ちょっと見掛けない変わった色と、女の子受けしそうな可愛いフォルムが気に入って、くれくれと一週間ほど粘ったのだ。
『欲しけりゃ買えばいいじゃない。あんただって少しは稼ぎがあるんでしょ』
 と最初は当然相手にされなかったのだが、
『ベジータなんか一銭も稼いで来ねえけど、あんな高いもの(重力室)貰ってるじゃねえか。不公平だよ』
 と常日頃ベジータにビビリまくっている彼がそこまで言い放った事に感心し―というより呆れ―、ブルマが根負けしたのだ。とはいうものの、
『タダじゃないわよ。あんたは戦うわけじゃないんだからね』
 としっかり30万ゼニーを徴収されたのだが。なんだよ金持ちのクセに、あいつカラダはイイけど性格は最悪だ、と自室に戻ってぼやいてはみたが、それでもこいつをそんな値段で譲ってくれる辺り(しかも彼が踏み易いようにペダルの位置を改造してくれた)、気前は悪くない女なのだった。
(カラダはいい、よなあホント)
 エンジンをスタートさせ、備え付けの小型フリーザにガレットを仕舞い込みながら、彼は彼女の肉感的な太腿や、むっちりと柔らかそうなバストラインを改めて思い浮かべる。
(・・・ベジータの奴は、あれを・・)
 自由にしているのだ、と妙に生々しい想像をして我知らず生唾を飲み込む。
 以前は、あまりそんな風に思う事は無かった。むしろ彼女の強烈なキャラクターに日々接し、ヤムチャが少々気の毒にさえなったものだ。なのに相手がベジータに挿げ替わると、彼女から急に濃厚な情事の匂いがたちのぼるのは、一体どういう訳だろう。
(くそー、うらやましいやつ)
 烏龍は決して、ブルマを特にどうこう思っている訳ではない。単なる ―いや誉れ高き― 助平心である。帰ったら下着の一枚も物色せずにおくものか、と決心し、歯軋りしながらアクセルを踏む。色々興奮気味であったため加減を誤ったらしい、駐車場出口の街灯柱にヘッドランプをぶつけそうになり、慌ててハンドルを切った。


 昼前になって、C.Cに帰り着いた。
 ああは決心したものの、実行する勇気は無い彼である。
 ブルマを怒らせると厄介だ。ある意味、ベジータより怖い。それにだ、機嫌を損ねて、せっかく譲ってもらった車を没収されたりしては割に合わないではないか。既に売買は成立してると喚いたところで彼女には通じまい、居候豚が何一人前なことほざいてるのよ、と鼻息荒く吹き飛ばされて終わりである。加えてランチメニューが好物の中華だった事も手伝ってか、デザートのガレットを頬張る頃には、彼はそんなことすっかり忘れ去っていたのであった。
 それなのに、である。
 季節的に早いので少し肌寒かったが、陽気の中、奥庭のプールで午後を過ごし、夕方近くサンルームで目を覚まして、自室へ戻ろうと大欠伸しながら廊下を歩いていたときの事だ。頭のずっと上のほう、何かをぱたぱた打ち鳴らすようなその音に、彼は足を止めてしまったのだ。
(なんだ?)
 見ると、廊下の天井近くに設けられた円窓の一つが薄く開いており、音はそこから侵入して来るようである。壁面の嵌め殺し窓に顔を押し付けて見上げると、居住区の窓の一つが開いていた。目を凝らすと、バルコニーの奥でフォレストグリーンの縦型ブラインドが風に揺れ、重みのある羽根同士ぶつかり合って頼りない拍手みたいな音を立てている。その特徴的な色が無くとも分かった。ブルマの部屋である。
 その爽やかな光景を目にした途端、彼の脳内でよこしまな企みが息を吹き返してしまったのだ。彼女は外出中の筈であるが、出掛ける際に窓を閉め忘れたのだろう。よくある事だった。今なら、安全に事が運ぶ。
「いいぞ」
 ブルマは実際、今も昔も隙だらけなのだった。ここに居つくようになった最初の頃は、それに乗じようとした事もある。何度かは成功した。だが戦利品のほとんどは後に奪い返されている(しかも酷い仕置き付きで)。数があるし、ひとつやふたつバレないだろう、と侮って持ち去ったものに限って彼女のお気に入りだったりして、結局気付かれてしまうのだ。
「いいぞいいぞ」
 わくわくと鼻息を荒げながら、彼は自分の中に甦ってきた情熱に驚く。目先が変わるとまた欲しくなる辺り、彼は豚であると同時に全き男という訳だ。見慣れ、もう辟易している感さえあった彼女(の下着)に対するそれなど、とうに冷め果てたものと思っていたのだが―
 ブルマは、ここ数ヶ月で雰囲気が変わった。
 昔からなかなか男好きする容姿ではあったが、そこに潤んだような艶やかさが備わって来たのである。恋愛(!)の初期に繚乱する、あの花の色香も手伝っているだろう。だがそれだけではない。
(あれはホレ、アレだな)
 それは当の女にとって“才能ある”男だけが引き出すことのできる、燦然たる輝きなのであった。しかるにベジータは、ああ見えてさぞ腕の良い研磨技師なのだろう。
 尤も、空気が変わったと言えば男の方も御同様だ。超化を果たしたことで自信を取り戻したのか、以前のあの荒廃が嘘のようだった。そしてその余裕が、隣にいる女の存在に目を向けさせ、彼に新たな充足をもたらしたということなのだろう、以降、彼は厚みを増した落ち着きを漂わせるようになったのである。しかるにやはり、彼らはお互い実にしっくり来る相手だという事であるらしい。
(しっくり・・)
 シッポリ・・ってああー、ケッタクソ悪い!
 絶対、盗ってやる。彼は固く決心すると転がるように廊下を引き返し、内庭に続く出入口から芝生の上へ飛び出したのだった。

 風の悪戯になど、耳を貸さなければよかったのだ。
 そうすれば、彼は不幸を一つ回避出来たに違いないのだから。



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