蜜月―烏龍の憂鬱 (1)

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 街はもう、すっかり初夏の装いである。
 すれ違う女の子達の軽装に鼻の下を伸ばしながら、烏龍はシーサイドのカフェ『ムーミンママ』まで足を延ばした。日頃は朝寝坊を決め込みがちな彼も、きらきらと気持ちのいい陽気に誘われ、その日は早朝から散歩に出ていたのだ。
 三階の高さから張り出す長いテラスが自慢の店は、彼のお気に入りのスポットであった。食い物は旨いし、眼下に広がる肌理の細かい白浜や、水平線までブルーの濃淡織り成す海を独り占めしている気分になれる。何より、従業員の女の子達が粒揃いだ。特に看板娘のケイティは、綺麗なストレートのブロンドといい印象的なバイオレット・アイといい ―童顔の割に豊満なバストや丸く揺れる可愛いヒップは言うまでもなく― もう最高だ。その日は欠勤だったのか姿を見掛けないので、烏龍は少しがっかりしたのだが、気を取り直してオレンジ・クレープとマカカコーヒーを注文し、混雑している時間帯には滅多に空席の無いテラス東端に陣取った。
「・・・だろう」
「やだ、・・・ってるのよ、もう」
 男女の楽しげな会話が、笑いに混ざって途切れ途切れに耳に届く。藍色のサンシェードの下、ゴシップ誌に目を落としていた烏龍がテラスの縁から覗き込むと、学生だろうか、じゃれあいながら砂浜をゆくカップルの姿が見えた。
「けっ」
 あんなののどこが良いんだよ。まず女の容姿を値踏みし(得意技だ)、それから平凡そのものといった男の横顔をじろじろ眺めて、彼は大袈裟に鼻を鳴らした。ホントに女ってのはヤローを見る目が無いぜ、と小声で付け加えた途端、嫌な事を思い出してちょっと顔を曇らせる。
(ブルマのやつ、どうするつもりなんだ?よりによってあんなのと深間に嵌っちまって・・)
 彼の居候先であるC.Cは、ここの所どうにもおかしな事になっていた。
『ん?さあ、どうなんだろうね』
『まあ素敵ねえ、ロマンチックだわあ』
 彼は、家人達に後継娘と新入りの同居人の間柄についてそれとなく話を振ってみたのだが、その事実に気付いているのだかいないのだか、暢気な台詞が返ってくるばかりであった。
(・・あいつら、全然わかってねえんだ)
 寄り添って遠ざかる平和な背中を眺め、烏龍は溜息を吐いた。
 あぶねーよ、あいつは。
 あの凶悪な宇宙人は今のところ、(比較的)おとなしく生活している。しかし、いつどんな気紛れを起こしたっておかしくはない。いや、実に恐ろしい事にそれは気紛れでもなんでもなく、予定通りの行動であるかもしれないのだ。この星に来るまでどんな生活をしていたのだか詳しくは知らないが、男にとっては至極当たり前の―
 例えばだ、退屈凌ぎだか血への飢えからだかは分からないが、地球人を狩るようにならないとも限らないではないか。今だって、露見していないだけで犠牲者は出ているかもしれない。
 かも、じゃねえかもよ。
 疑いは濃厚であった。あの男は時々、猫みたいにふいっといなくなる。外出先で何をしているか知れたものではなかった。
「・・コワっ」
 獲物の血で全身赤く染まり、三白眼をぎらつかせながら舌なめずりする男の姿を想像して、烏龍は尻の穴までぞっと縮み上がった。あんな怖い男に、よくも身体を委ねようという気になったものだ。何の拍子で気が変わり、殺されるか―
(まあ、なあ)
 と言っても、ブルマとてあの気の強さ一つ取っても普通の女ではない訳で、そこが彼女らしいと言えば言えなくもないし、相手にとって不足無し、とはお互い感じているかもしれない。案外ぴったりした組み合わせなのかも、という気がしなくもないのだが。



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