醜聞―ある女官の回想録(5)

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 一人が口を閉ざしたところで、こうした類のお話はすぐに広まってしまうものでございます。それから三月も経つと、この秘め難き醜聞を知らぬ者など後宮内に誰もおらぬようになってしまいました。当然、陛下のお耳にも届いてしまいます。最初は、下らぬ噂など放っておくがよい、と仰せになっておられました陛下も、
『密通しておられる』
 誰が目撃したという訳でもございませんのでしょうに、そのような話が宮の内外でまことしやかに囁かれるようになりますと、さすがに放置しておかれる訳にも参らなくなってしまわれました。
 まず、当時の女官長が処分を受けました。後宮内に流言を蔓延らせたとして監督責任を追求されたのです。鞭打ちなどの辱めは与えられませんでしたが、降格の上、当分の間の謹慎を命ぜられました。
 次に、王太子殿下が御前に呼ばれました。
『申し開きはあるか』
 居並ぶ臣下や女官達を前に、陛下がおごそかなお声でお尋ねになられますと、
『何のです』
 と殿下が嘯いて仰います。
『よいか、この度のことは大方そなたに責任があるのだぞ。根も葉もない話ではあっても、そのような流言が広まったのは常日頃のそなたの行いが原因であろうが』
 陛下が眉根をお寄せになられ、玉座から殿下を見下ろされて語気を強められますと、
『少なくともあなたの奥方に罪はありませんよ、私はそんな人知りもしないのだから』
 と殿下が気軽そうに仰いましたが、わたくしには、デイル様に咎めが及ばぬよう懸命になっておられる御内心が、手にとるように分かりました。
『この愚か者め、何を聞いておったのだ!そのような事を申しておるのではないわ!』
 陛下は殿下をそうお叱りになられ、しばらく反省しておるがよい、と地下牢に幽閉しておしまいになられました。流言の内容ではなく、それを広める原因になったとして殿下の御性状をお責めになられることで、問題をすり替えられたのでございます。殿下の御経歴に傷が付かぬようにという、陛下の御配慮でございました。わざわざ臣達の目の前で処断をお下しになられましたのも、事態がそのような方向で終息に向かうことを願われたからに他なりません。
 殿下は六月ほど経ってからようやく幽閉を解かれましたが、信じ難いことに、その間女性をお近づけになられなかったようでございます。無論、父王陛下はそのようにお命じあそばされ、日常のお世話をする者はもちろんのこと、お目には触れぬ厨房の仕事まで男の近侍に申し付けられる徹底ぶりでございましたが、
『あの殿下に限ってありえない』
 と皆口を揃えて申し、誰も信じようと致しませんでした。かく申すわたくしも、
(いくらでも方法はあるのだし)
 などと考えておりましたが、出獄された殿下の御様子に、あながち嘘ではないかもしれないと考えを改めたのでございます。以前は、ある種の軽々しさに通じる若者めいた雰囲気がおありになったのでございますが、その時の殿下は、お迎えに上がった臣下なども気安くは声をお掛けできぬような、風格のようなものを漂わせておられました。お召し物にも以前のような隙や緩みが無く、お目の色も澄んだ清しく気高いお姿に、お迎えした大広間の一同はどよめいたものでございます。
『うむ、薬が効いたようだな』
 陛下も嬉しみを滲ませてそう仰せになられ、ようやっとまともになった、と力強く頷かれました。
『父上には御心配をお掛け致しました』
 と殿下は玉座の前に跪かれ、父王陛下に向かって頭を垂れられました。
『奥方様にも御迷惑を』
 ですが殿下が続けてこう仰られた途端、まだ尾を引いておりましたざわめきが、はたと止んだのでございます。
『・・・?』
 殿下がお顔を上げて様子の変わった一同を顧みられ、陛下の方に向き直られますと、
『・・そなたはまだ知らぬと思うが』
 陛下は少し表情を硬くされて仰せになられました。
『あれは二日前に死んだ』



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