醜聞―ある女官の回想録(1)

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 わたくしが最初にお仕え致しましたのは先王陛下、すなわち現王陛下の御父君にでございました。現王陛下が、まだ王太子殿下となられて間も無い頃でございます。
 デイル様は、先代のお妃様方のお一人でございました。そのころと申せばわたくしなど一介の女官にすぎませんでしたし、直にお世話申し上げたこともございませんので、詳しくは存じ上げません。ただ後宮が今ほど華やかでも大規模でもなく、お妃様方も十指に余るほどの人数しかおいでにならない中でも、例のこと以前は取り立てて申すほどの逸話のない、おとなしやかなお方だったようでございます。
 非常に印象深く心に残っておりますのが、素晴らしいお声をお持ちでいらしたことです。口数の多いかたではありませんでしたが、お話のなさりようなども大変にお美しく、初めてお声を頂いた時など、驚きのあまりすぐにはお返事できなかったほどでございました。
 また、女官が着ける色ですので避けられる方が多いのですが、白いお召し物などをお好みでいらしたようです。ほっそりとお背が高く、よく裾長のものを姿良くこなしておられました。髪なども、あのころ後宮では高々とした結い上げが流行でございましたが、常はほとんど項に掛かる淑やかな形に整えておられたものです。陛下から賜られたものなどは時々着けておられたようですが、宝飾の類はあまりお好きではなかったのでございましょう、身を飾るものと申せば、お耳の後ろにあしらわれた白いアメリア一輪ほどのものでございました。確かに、他のお妃様方の派手やかな装いの中であのお姿では、却って王太子殿下の―現王陛下です―お目を引いてしまったかもしれません。

 このような申し上げようが失礼に当たることは重々承知致しておりますが、未だ殿下であられる上は、お弁えになられるべき事も多かろうかと存じます。ですが王太子様には、まだお振る舞いに少々軽やかにすぎるところがおありだったことは否めません。陛下もまた、殿下のそういう気儘なところを愛してお許しになってしまわれることが多うございました。
 あれはよく晴れた朝、先王様は時々そのようになさっておられたのですが、お妃様方数名を後宮からお連れ出しあそばされた時のことでございました。
 陛下のそのようなおふるまいについては、わたくしなどまだ若い女官の分際ではございましたが、賢明ななさりようとしてお見上げ申し上げる訳には参りませんでした。陛下の私的な生活のための区画の内で、そこに詰めております大多数が女官でございましたし、臣下などはお許しの無い限り出入りすることはございません。ですが御家族方は比較的自由に往来しておられましたから、若い王子様方にでも奥様方のお姿を見られはせぬかと、従うわたくしどもも常々不安に感じていたのでございます。
『昨日珍しい化石が出たのだ。そなた達にも見せてやろう』
 いえ、陛下は化石に御興味などお持ちではございませんでした。現にそれは化石ではなく、トウガ火山近くの一部地域にのみ産する香木の、幹内で樹液が石化したものだったのです。トウガはしばしば大噴火しておりましたから、そういったものが無事に残るということは非常に珍しいことだったのでございます。ましてあれは一抱えほどもございましたから、欲しがる異星人の間などではおそらく値が付けられないほどのものだったのではないでしょうか。久々の大取引になる、と陛下は大層お喜びになっておられたのでございます。
 このお話は、殿下のお耳にも届いていたはずです。何をなさろうとお考えだったのかは存じませんが、あの朝急におでましになられた事が、この件に無関係だったとは思われません。
『まあ良い。もう来てしまったのだ、そなたも見て行くが良かろう。なかなかに素晴らしき香りぞ。それに何でもこの、内側に透けて見える模様に値打ちが・・』
 ですが殿下は、陛下のお言葉が終わらない内に踵をお返しになられました。
 闖入してこられた殿下は、実は石には一瞥もお送りになっておられませんでした。それと申しますのも石を御覧になられるより先に、陛下の後ろに控えておられたデイル様にお気付きになられて、それこそ御自身が石にでもなられたようにその場に立ちつくしておられたのでございます。デイル様も殿下のその御様子にお気付きになられたようですが、ただそれはあまりに短い間ではございましたし、すぐに殿下がお目を逸らしてしまわれましたので、他の誰にも知られなかったようでした。
『おかしな奴よ、一体何をしに来たのだ』
 と陛下はお首を傾げておられました。お若い殿下を、まだ子供と軽くお考えになっておられたのかもしれません。殿下は、既に陛下よりも余程危険な匂いを漂わせておいでだったというのに、陛下お一人はそれにお気付きあそばされないのでございました。



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