罪無き罪 (5)

 1  2  3  4  6  Gallery  Novels Menu  Back  Next

「お父さん、電話ですよ。ブルマさんから」
 悟飯の一言に、朝の食卓についていた悟空は凍りついた。窓外の樹上にいたピッコロも、ぎょっと目を剥いて耳をそばだてる。
「ぶ、ブルマ、から?」
「どうしただ悟空さ。早く出ねば失礼だぞ」
 機嫌の直らないチチの、一層不機嫌な低い声が、這うように響く。
「あ、ああ・・そう、だなあ、ハハ」
 馬鹿め、そんなに挙動不審だと余計な憶測を呼ぶぞ。この上まだ話をこじらせるつもりか。ピッコロはハラハラしながら悟空の様子を見守る。悟空はぎくしゃくと椅子から立ち上がり、受話器を手に首を傾げている悟飯の傍へと歩を進める。何をやってるんだ、右足と右手が同時に出ているぞ。しゃきっとせんか!
「もし、もし」
『ああ、孫君?久しぶり。どう?あれから元気にしてる?』
「元気だ!オラめちゃめちゃ元気だぞ!おめえも、元気にしてっか?」
 孫、落ち着かんか!声が裏返ってるぞ!
『まあまあよ。それにしてもご無沙汰よねー。あんたからもたまには連絡寄越しなさいよ。放っといたら一生そのまんまなんじゃないの?』
「い、いやー、ははは、はは」
『どうしたの、孫君?なんか喋り方おかしいわよ?声も変だし・・』
「べつ、べつに、オラ変じゃねえぞ。それよか、どうしたんだ、こんな朝早く」
『ああ、うん、―実はさ、ちょっと確認したいことがあって―』
 生唾を飲み込むんじゃない!リラックスしろ!―ええい、沈黙するな!とにかく話を続けるんだ!孫!
「確認、したいこと?な、なんだ?」
『あの、たいしたことじゃないんだけどさ、孫君きのう―いや今日ってことになるのかしら、うちに、来たりした?』
「おめえんちに?い、いいや」
『そうよねえ。いや、あのね、ベジータがさあ―』
「ベ、ベ、ベ、ベジータ?」
『そう、あいつがさあ、夜中に孫君の声が聞こえた、ってうるさくて。枕元にいたんじゃないかって』
「そ、そんなこたねえぞ!おめえらが寝てるとこにオラが何の用があるってんだ?」
 この阿呆!そこは複数形にするとこじゃないだろ!それに「おめえ」じゃなくて「あいつ」だ、馬鹿野郎!
『でしょう?そう言ったんだけどさあ。「孫君はあんたの寝込みを襲うような卑怯な真似はしないわよ」って。でも聞かなくて。朝になったら確かめとくから、ってその場は何とか収めたんだけど』
 ・・女、お前もその言い方は本当のところマズイんじゃ・・いや、孫の失言に気付かれなくて良かったが。
「ゆ、夢でもみたんじゃねえのか」
『そうよねえ。あっは!あいつ、夢でまでカカロットカカロット言ってんのね!』
「ま、ま、参ったなあ!ハハハハハ」
『アハハハ!それだけなの。朝っぱらからゴメンね、変なこと訊いて』
「いやあ、かまわねえ」
『じゃ、またね』
「あ、ああ、またな」
 ピッコロは、いつのまにやら窓に貼り付いていた自分に注がれる、悟飯の不思議そうな、チチの不審そうな視線に気付き、咳払いして枝の上に戻る。な、何とか切り抜けたな・・危なかったが。
「悟空さ」
 あからさまにほっとした様子で、胸を撫で下ろしながら食卓に戻ってきた悟空に、チチが低く声を掛ける。
「ん?なんだ?」
 いつもの気楽そうな様子に戻った彼に、疑わしそうな視線を送りながら彼女は言った。
「オラに言わねばなんねえことさあるんでねえだか?」
「おめえに?何だ?」
「・・・昨日はどこさ行ってただ」
「昨日?言っただろ、西の都だ。ピッコロと―」
「西の都の、どこさ行ってただ」
「い?」
「悟飯ちゃん、部屋へ戻ってるだ」
 ・・まずいな。一難去ってまた一難か。ピッコロはしかし、今度の危機はさっきほどではないと踏み、肩の力を抜いていた。悟飯が少し心配そうに父の方を振り返りながらダイニングを出てゆく。
「ブルマさのとこへ行っただな。夜中に」
「な・・え・・?」
「何しに行っただ」
「な、何って・・」
「何しに行ってただ、二人して!?」
 このヤマは俺には関係ないしな。悟飯の所へでも行っとくか――二人して?
「ピッコロさ!ここに座るだ!」
 思いがけないところで自分の名が出て、彼は樹上から転がり落ちそうになった。見ると、チチが物凄い形相で窓に近付いてくる。逃げたい。彼は心底、そう思った。
「さ、入るだ!こっからでも、玄関からでもええ!」
 彼の頭の中では二つの選択肢がぐるぐると巡っていた。ここを去るか、あるいは大人しく彼女の言う通りにするか。
「さっさとするだ!!」
 だが、その一つはすぐに失われた。



 1  2  3  4  6  Gallery  Novels Menu  Back  Next