罪無き罪 (2)

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「貴様、妻の作る飯に不満でもあるのか」
 昼食後、悟空とピッコロは西の都に向かって飛行していた。隣を飛ぶ彼に、ピッコロは問いかける。
「不満?なんでだ?」
「向こうで食わせてもらおうと考えたんだろうが。さっきそう言ってた」
「ああ、ブルマんちじゃ家とは全然違うもんが出るかんな、うめえぞ」
 ピッコロは水以外を口にすることはないが、悟空の妻が作る料理は客にも評判がいい。常に愛弟子の近くにいる彼には、その母である彼女の料理を客が絶賛する声がよく聞こえてきた。
「しかしお前、いつも旨そうにがつがつ食ってるじゃないか、妻の料理を」
「そりゃ、チチの料理は宇宙一だかんな。けど目先の違う料理もたまにゃいいもんだ」
 男だな。ピッコロが有性種なら、そう言ったかもしれない。


「すげえ、やっぱ都は賑やかだなあ」
 西の都近くに至ると、ベジータに勘付かれないように彼らは地上に降り、一層気を抑え、歩いた。流行のファッションに身を包んで華やかに行き交う人々や、大きなショウウインドの中に展開される洗練された世界をぽかんと口を開けて眺める悟空の様は、何度もこの世を危機から救った男にはとても見えない。ピッコロは、きょろきょろしてなかなか前に進もうとしない彼にいらいらしたが、悟空は、傍を通り過ぎてゆく若い男が手に持っているホットドッグを羨ましそうに振り返り、ついに立ち止まってしまった。
「貴様、遊びに来たんじゃないんだぞ」
「わかってるよ・・だけどどうせ歩いて行かなきゃなんねえんだろ?だったら―」
「静かにしろ」
 ピッコロは大きな耳をぴくりと動かし、ある方向を向いたまま動かなくなった。
「―感じるか」
「―ああ、感じる」
 ベジータの気だ。徐々に近づいて行ってはいたのだが、さっきまではなかった乱れが感じられる。
「今なら少しくらいわかんねえ。ちょっと急いでみっか」
 彼らは高速で移動を始めた。


「何回言ったらわかるのよ!?馬鹿なんじゃない!?」
「やかましいぞ!ぎゃあぎゃあ喚きやがって!」
 男女の怒鳴り合う声が、カプセル・コーポの門脇に隠れた悟空とピッコロのところまで響いてくる。彼らは顔を見合わせ、敷地内の植え込みに身を隠しながら声のする方へと近付いた。声は、当然ながら段々大きくなり、時々金属的に響く女のそれは、並外れた聴覚の持ち主であるピッコロにはかなり辛そうである。
(大丈夫か、ピッコロ)
(ああ・・なんとかな・・・今話しかけんでくれ)
 ひそひそと問いかけた悟空の声さえも、今のピッコロには耳の真傍で太鼓を鳴らしているような衝撃を生んでしまうらしい。だが彼は、時々顔を顰め、両手で耳を塞ぎ気味にしながらも、大きな身体を精一杯屈め、悟空と共に植え込みの中から彼らの様子を窺っていた。リビングの大きな窓が開いており、そこからその内部で争う彼らの声が漏れてくる。
「何よ!あんたなんかにデリケートなレディのあたしの気持ちがわかってたまるもんですか!」
「一度でいいからお目に掛かってみたいもんだな、デリケートなレディの貴様とやらに!」
「なんですって!?」
 ブルマは叫び、両手で力一杯ベジータの身体を突いた。だが彼は当然ビクともしない。彼女は右手を振り上げ、彼の左頬に振り下ろす。悟空とピッコロは思わず身を縮め、固く両目を閉じた。
(・・・?)
 だが、皮膚同士がぶつかる衝撃音は彼らの耳に届いては来なかった。こわごわ目を上げると、ベジータの左手が、彼の顔の真横で彼女の右手首を固定した状態で、二人は静止していた。ブルマは逃れようと腕に力を込めているらしい。体が前後に揺れている。
「ちょっと!痛いじゃない!離してよ、この馬鹿力!」
「貴様が突っかかって来たんだろうが」
「はなしてったら!」
 彼女は叫び、左手で彼を殴ろうとする。だが、結局左手首も彼に捕らえられてしまっただけだった。
「まったく、無駄なことをする女だな」
 彼らは、しばしがっつり組んで睨み合っていたが―というより彼女が一方的に動きを封じられていただけだったが、やがてベジータは鼻を鳴らし、彼女を突き放した。ブルマはバランスを崩してよろめき、その拍子にソファの背にぶつかる。
「何すんのよ!」
「俺は何もしとらん!」
「もっと丁寧に扱ったらどうなのよ!?」
 知るか。ベジータは舌打ちすると、開いた窓から外へと飛び出した。悟空とピッコロは、彼にみつからないよう、這い蹲るようにして植え込みの中に屈む。小さくなるベジータの背中に、ブルマが大声で叫んだ。
「この馬鹿!アホー!戦闘マニア!ヘンタイ!あんたなんか死んじゃえー!!」


「絶望的だ・・」
 都の、その日最後の陽光が、高いビルの上にいる彼らを赤く染めていた。ピッコロはフェンスの無い屋上の床の縁に立ち、悟空は同じくそこに腰掛け、足を空中に投げ出し、両手を後ろについて体を支えている。天を仰いでピッコロが漏らしたその言葉に、悟空は彼を振り仰ぎ、意外そうに言った。
「そうか?」
 ピッコロは、ぎろ、と悟空を睨む。
「そうかってどういう意味だ?貴様だって見てたんじゃないのか。あの様子じゃもう間に合わんぞ」
 リミットまでの期間の短さを考え、ピッコロは呻くように言った。
「恐れていた事が現実になってしまった。未来からあいつらの息子が来たことで―貴様が生き残ったことで、歴史は大きく変わってしまったんだ」
「なあピッコロ」
 悟空は彼を見上げたまま、問いかけた。
「歴史が変わっちまうって、そんなにマズイことなんか?」
「・・貴様、やっぱり解ってないな。生まれるはずのものが生まれんということはだ、世界を構成する要素が変わってしまうということなんだぞ。物理的レベルからな」
 ピッコロは胸の前で腕を組み、悟空の方に向き直る。
「しかも奴はただの人間じゃない。強大な力を持った戦士だ。その影響の大きさたるや、測り知れん」
「でもよう、それはあの未来から来たトランクスの世界で、ってことだろ?こっちの世界で、もしもあいつが産まれなくてもさ、そりゃ最初からいなかったもんな訳だろ?だったらなんもマズイことなんかねえんじゃねえのか?」
「―――」
「そりゃトランクスには悪りぃけどよ、それでも未来のあのトランクスになんか影響があるわけじゃねえんだろ?それにあいつ、端っから歴史を変える為に来た訳だし・・」
「―わからん。時間の流れがどうなっているのかなど俺には想像もつかんさ。この今と、あのトランクスのいる未来がどんな関係にあるのか、なんてな。確かに、あいつのいる時流には影響がないのかもしれん。だが、あいつはやって来た。そう、歴史を変える為にな。そしてそれは人造人間のいない未来を期してのことだったはずだ。少なくとも自分のいない歴史を創り出すためだった訳じゃあるまい」
「ああ・・まあそうだなあ。絶対ナイショにしといてくれって言ってたし・・」
「俺達はこの先の歴史について知ってしまったんだ。望む、望まんに関わらずな。知ってしまった以上、最大限力を尽くすべきだろう。あらゆることにな」
「んー・・ま、ムズカシイことはいいや」
「良い訳あるかっ!」
「ち、違うって、そんな怒んなよ・・そうじゃなくて、そんなむずかしいこと考えなくても、あいつらは大丈夫なんじゃねえかって言おうとしただけだって」
「だいたい貴様が先に話を振ってきたんだぞ・・―大丈夫だと?」
「ああ、心配ねえさ。きっと」
「あの状態で何故そう思えるんだ。タイムリミットまでもう半年もないんだぞ」
「いいからいいから。後でもう一回行ってみようぜ。それよかさ」
「なんだ」
「おめえ、金持ってねえよな?」
「・・・訊かなくても分かるような気がするが、何に使うんだ」
「へへ・・ハラ、へっちまって・・」



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