罪無き罪 (1)

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「ピッコロ、何深刻そうな顔してんだ?」
 パオズ山の四季は美しい。春も良いが、秋はまた格別だった。赤や金で彩られて折り重なる山々、見上げる者をも青く染めてしまいそうな高い空、澄み切った空気、熟成して行く土の香り。そして、なんと言っても多くの実り。庭の―と言ってもどこからどこまでをそう呼んで良いのか判然としないが―広い陰を落とす大木の根元に息子と並んで腰を下ろし、孫悟空は東に向かって突き出た大岩に立つピッコロに声を掛ける。暢気そのものといった声音に、ピッコロは純白のマントを翻らせたまま肩越しに振り返り、栗やら山葡萄やらを手にリスと戯れている親子にちらりと目を遣って小さく溜息を吐いた。
「来い、孫」
 おう、と呼ばれるまま立ち上がる悟空の後に、悟飯が続こうとする。ピッコロはそれを押し留め、悟空を孫家の傍にある小さな林の奥まった場所まで伴った。
「どしたんだ?悟飯にゃ聞かせられねえ話なんか?」
「全く、貴様は呑気な奴だ」
 不思議そうに自分を見上げている悟空に向かって、呆れたような、少し咎めているような視線を落とす。
「あれからもう一年以上、いや一年半近くになる」
「あれから?」
「未来からトランクスが来ただろうが。あの日からだ」
「ああ、あんときかあ。あんときゃオラびっくりしたぞ。オラはもうすぐ死んじまうとか言われるし、それにあいつの正体ってのが」
 ブルマと、あのベジータの間に生まれた息子なのだと告げられた彼は驚きのあまり大声で叫び、トランクスがせっかく手渡してくれた心臓病の薬を(放り投げて)あやうく紛失するところだったのだ。
「まさかなあ、あの二人がなあ」
「貴様、だから呑気だと言うんだ。あの二年半後にはトランクスが生まれてないといかんのだぞ」
「ああ、そう言ってたな。この二年半後に生まれたとかなんとか・・」
「なんとか、じゃない。あの二年半後と言えばお前、もうあと一年余りしか無いんだぞ」
「そうだな」
「だから『そうだな』じゃなくてだな・・」
 全部説明せねばならんのか。疲れる男だ。脱力しそうになる自分を励まし、ピッコロは更に続ける。
「人間の赤ん坊は、十ヶ月ほど母親の腹の中で育つんだろうが」
「おう、そうだぞ。さあすがピッコロだ、何でもよく知ってんな。オラなんてさあ、全」
「お前の話は後で聞く。―大丈夫なのか」
「なにがだ?」
「・・・だからだな、あいつが生まれるような状況になってるのかどうかってことだ」
 少なくとも、あと数ヶ月のうちにはあの二人の間に事が起こらねばならん。いや、一度で済むとは限らん。ある程度以上は関係が継続せんと・・
「ピッコロ、おめえ世話焼きだなあ」
 深刻そうにぶつぶつ呟く彼に向かって、悟空は感心したように言った。
「何言ってる、貴様に自覚が足りんだけだ。現に貴様はこうして生きのびてる。歴史は変わってるんだぞ。トランクスが来た未来とは状況も違うんだ」
 悟空を失った空虚の中で―特にベジータの心に隙間が出来た状態で―未来世界におけるあの二人の関係が出来上がったのだとしたら。
「あの男のことだ、来るべき脅威に備えるために、そして貴様を倒すために、今頃は修行に専念しているだろう。貴様が生きてるこの状況で、あの二人がそうなるかどうかだ」
「・・そういやそうだなあ・・」
「やっと解ったか。俺は奴が未来に帰った直後から気になっていたんだぞ」
「そうなんか?そんなことひとっことも言わなかったじゃねえか」
「言ってどうなるというものでもあるまい」
 それは今も変わらない現実だが。
「だけどよ、オラにだってどうしようもねえぞ」
「貴様に何とか出来るなんざ思ってない。だが気にならんのか?進行状況が」
「まあなあ・・・ま、大丈夫なんじゃねえのか?」
「その根拠は!?」
「こ・・こん・・いや、あの・・」
 牙を剥き、噛み付きそうな顔で半分叫ぶようにして言う彼の迫力に、悟空はじりりと後ずさる。この責任感―何故彼に責任があるのだかさっぱりわからないが、さすが神様と元一人だったというだけのことはある。
「何が『大丈夫なんじゃねえのか』だ、いい加減な奴め!」
「怒んなよ・・そんな気になるんなら様子を見にいきゃいいじゃねえか」
「俺がか!?」
 彼は頓狂な声で叫ぶ。こんにちはと訪ねて行って「どうですか、進んでますか」と正面切って訊ねられる内容ではない。このピッコロ大魔王にそんな覗き見のような真似をしろと―
「オラも一緒に行くさ。やっぱ、気になるしな」
 そう言うと、彼は自分の額に軽く指を当て、はや瞬間移動の体勢を取っている。
「待て、孫」
 ピッコロは、悟空の腕を取って遮った。
「なんだ?やっぱやめるんか?」
「・・いや・・・行こう。だが瞬間移動はよせ。今貴様がベジータの前に姿を現すべきではない」
 色々な意味でな。貴様らが顔を合わせてしまってはすぐにでも戦いが始まってしまうかもしれんし、何より、出来上がり掛けているものを、貴様が姿を現すことでブレーキを掛けてしまうかも知れん。
 だがそれを口に出せば、また不思議そうに『なんでだ?』と訊かれて長々説明せねばならないだろうことは予想出来たので、ピッコロは黙ってそう考えた。
「そうかもな・・んじゃ、飛んでくのか?」
「それしかあるまい。気を抑えてな。近くまで行ったら飛ぶことも出来ん」
「・・面倒だよなあ」
「文句を言うな。普通に飛んだところで距離的には知れてる」
「なあピッコロ」
「なんだ」
「ブルマとは顔合わせてもいいんかな」
「止した方がいいだろう。いつベジータが顔を出すかわからんぞ」
「だよなあ・・」
「何だ、何かあの女に用でもあるのか」
「いや、昼飯食わせてもらおうかなーって・・」



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