罪無き罪 (4)

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「孫、説明しろ」
 前日の昼と同じ大岩の上に立ち、視線を遠く東へ遣りながら、ピッコロは重々しく要求した。悟空はその足元で岩壁に凭れ掛かり、降るような星空を見上げている。
「何をだ?」
 悟空がピッコロに視線を移し、不思議そうに問いかける。
「状況をだ。俺には何が何だかさっぱりわからん」
「何がわかんねえんだ?あの二人は心配ねえってわかったろ?」
「ああ、それはいい。だが何故だ」
「何故?」
「昼間はあれほどいがみ合っていたというのに、何故あんなことになった?貴様は最初からわかってるような事を言ってたな」
「ああ、それか。そっか、おめえわからんかったんかあ」
 にやにやと自分を見上げてくる悟空を忌々しそうに睨み、ふいと視線を戻してピッコロは呻くように息を吐き出した。
「ああ、さっぱりだ」
「おめえは何でも知ってっけど、こういうことは全然ダメなんだなあ」
「・・ナメック星人には男も女も無いからな」
「はは、そうだな。でもよ、説明しろったって、オラ出来ねえよ」
 悟空は再び空に視線を戻す。そこに白んでいるところは未だ無かったが、夜明け前のしいんとした気配が辺りに漂い、彼らの声は自然、抑えられて静かである。
「昼間あの二人見た時にさ、ああそうかあ、って思ったんだ。別に何がどうだからって理由があった訳じゃねえ。何となく、感じただけだ。匂いがした、っちゅうかさ。だからおめえが『もうダメだ』みてえな事言い出したときゃ、オラ逆にびっくりしたもんな」
「―そういうものなのか」
「うーん、他のヤツがどうなのかはわかんねえ。オラもそういうの、ニブいって言われてんだけどな。チチやブルマに。ああ、ヤムチャにも言われたことあんぞ」
「サイヤ人同士だからだろうか」
「え?」
「同じサイヤ人だから互いの事が感じ取れるとか、そういうことなんじゃないのか」
「いやあ、関係ねえと思うけど。あの二人は、多分誰が見てもわかんじゃねえかな」
「―俺以外は、か」
「別にそういう意味じゃねえさ。おめえにだってわかんねえ事の一つや二つあったっていいじゃねえか」
「永遠の謎、という訳か」
 二人の肌を、ひんやりとした風が刺した。山は都よりも季節の深まりが早い。ピッコロの純白のマントがはためき、暗い藍の空気の中に浮かび上がった。悟空が、彼を見上げて感心したように言う。
「―おめえが言うと何でもカッコ良くなるなあ」


「おめえら!いい加減にするだ!!」
 突然轟いたチチの怒声に、彼らはびくりと動きを止めた。
 ちょっと寒ぃな、組み手でもやんねえか。悟空のその一言で始まった彼らの組み手は、もう半時間近く続いていた。最初のうちは静かにやっていたのだが、没頭してくるとそんなことに気を回し続けられる筈も無く、気と気がぶつかり合って大気を震わせる音や、奇声の類が周囲に響き渡り、彼女の眠りを覚ましてしまったのだ。
「今何時だと思ってるだ!?」
 大地を踏みしめながら近付いてくるチチの憤怒の形相に、悟空は青くなってその場に凍りついている。ピッコロもその気迫に押され、思わず後ずさった。
「何を、やってるだ?」
「す、す、すまねえチチ・・つい夢中になっちまって・・」
「ええだか、悟空さ、ピッコロさもだ、オラ何も怒鳴りたくて怒鳴ってる訳じゃねえ。おめえらがきちんと周りのことを考えて行動してくれりゃ、何も言う必要はねえんだ。ああ、わかるだよ。こんな時間まで都さほっつき歩いて何やってたんだかは知らねえが、目が冴えちまってんだよな?だども、それはオラや悟飯ちゃんには関係ねえことだ。わかるだな?」
「う、うん・・」
「どうなんだ!?ピッコロさ」
「あ、ああ・・」
「こんな時間に組み手さやりたきゃ、誰もいねえとこでやんなきゃ迷惑だってのもわかるだな?」
「うん・・」
「ああ・・」
「だったら!さっさとどっか行くだ!!」
「チ、チチ」
「でなきゃ今すぐ組み手さ止めて静かにするだな!!」
 まったく、うちの男共には常識ってもんがねえ。ぶつぶつこぼしながら戻ってゆくチチの背中を見送り、玄関が乱暴に閉められる大きな音に、彼らはびくっと身体を縮めた。
「・・ふう、怖かったあ・・・」
 悟空が心底ほっとした様子でそう漏らす。ピッコロも、詰めていた息を吐き出した。
「貴様の妻に勝てる奴はおらんな」
「こええよなあ・・あんな怒んなくてもいいのにさあ・・チチの声の方がでかくねえか?」
「まあな。だがそのことだけを怒っている訳ではあるまい。夜が明けたらもう一度謝っておくんだな」
「なんだ?」
「―わからんのか?」
「なにが?」
「・・・貴様、わかってるんだかそうでないんだか、よく分からん男だな」
 ピッコロは腕組みをしてしげしげと悟空の顔を見下ろし、ところで、と呟く。
「『うちの男共』には、俺も含まれているんだろうか」



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