罪無き罪 (3)

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「貴様、これは悟飯のなけなしの小遣いで出てきた食い物なんだぞ、もっと味わって食ったらどうなんだ!」
 都の北の一角にある小さな中華料理店に、ピッコロの怒声が響く。彼の視線の先には、テーブル一杯に並んだ料理に次から次へと襲いかかる悟空の姿があった。
 昼過ぎ、二人がパオズ山を出発する際に、悟飯はピッコロにこっそりと5万ゼニーを渡してこう言ったのだ。
『ピッコロさん、これボクが貯めてたお小遣いなんです。都に行かれるんでしょう?何か必要なことがあったらいけませんから、ピッコロさん持ってて下さいませんか。お父さんに渡しちゃうと落としたり失くしたりしちゃいそうなんで・・』
 やれやれ・・どっちが親でどっちが子供なんだかわからんな。
 ピッコロは、目の前でがっついている悟空を眺め、溜息混じりに呟いた。
「・・・まったく、貴様には過ぎた息子だ」
「ホンホに、ほはんあひっかりひてて、たふはったで」
「食うか喋るかどっちかにしろ!―ああっ!貴様、俺の顔に飯粒を飛ばすんじゃない!」
 周囲の客はこの物凄い光景に食事の手を止め、店員はフロアーで、料理人は厨房で、茫然と彼らをみつめている。
「餃子、もう十人前くれ!」
 悟空の明るい声が響く。少し離れた場所に立ち尽くしていた店員を呼び、ピッコロはこっそり訊ねる。
「今、合計でいくらになってる?」


「結局全部食い物に使っちまいやがって・・」
 日が落ち、一層華やかさを増した都の大通りを歩きながらピッコロは呻いた。睨みつける視線の先には、食った食ったと腹鼓を打つ悟空の背中がある。
「ん?おめぇもなんか欲しいもんがあったんか?」
「誰がそんなこと言ってる!いいか、悟飯が俺に預けたのは5万ゼニーなんだぞ。あの歳の子供がそれだけ貯めようと思えば長い間掛かるもんなんじゃないのか。それを貴様は、ばかすか食ってあっという間に使っちまいやがって」
 こいつの妻が、働け働けと連呼するのも無理はないな。いくら資産家の娘とは言え、これじゃ家計がもつまい。ピッコロは、まあいいじゃねえかとのんびり笑う悟空を見遣り、彼の妻が少し気の毒になった。そういえば、ブルマも大変な資産家だと聞く。サイヤ人を自分の男にするには、資産家であることがまず条件な訳か―尤も、昼間の二人はもう望み薄だという気がするが。
「おめえ、なんも食ってなかったよなあ」
「・・俺が水以外摂取しないというのは知ってるだろうが」
「ああ、そうなんだけど、水も飲んでなかったんじゃねえのか?」
「あんな不味い水が飲めるか」
 ピッコロは吐き捨てるように言った。都の水は、浄化されているし、飲み易いように混合物にも工夫が凝らされているようだったが、彼の口に合うレベルではなかった。
「はは、ちげえねえ。おめえはいつもパオズ山の水を飲んでるんだもんな」
 パオズ山の水は本当に美味い。水にはうるさいピッコロも、それは認めていた。
「それより貴様、後でもう一度行こうと言ってたが、あれはどういうことだ」
 ピッコロは、夕食前の彼の提案について、悟空に尋ねる。悟空は、ああ、とピッコロを振り返り、言った。
「もうちっと待った方がいいだろうかんな、どっかで一眠りしとこうぜ」
「何?」
「真夜中か、朝の暗いうちじゃねえと駄目なんだ。ぐっすり眠ってる時じゃねえとヤベえかんな」
「貴様、何を言ってる?」
「確かめてえんだろ?大丈夫だってとこを。今日が当りかどうか分かんねえけど、昼間のあの様子なら、多分いけるだろ」
「?」
「ま、いいからいいから」


「孫、いい加減に起きろ」
 ピッコロに肩を揺さぶられ、悟空が街の中心部にある大きなホテルの屋上で目を覚ましたのは、もうすぐ午前三時になろうかという頃だった。目を擦りながら、大通りを挟んだ向いのビル、壁に設置された大時計でそれを確認した悟空は、ちょうどいい時間だろと呟き、ピッコロを促した。
「そんじゃ、行くか」
「しかし、こんな時間にか?どうやって屋内へ入るんだ」
「そりゃ、オラの瞬間移動でさ。ええと、ベジータの気は・・いいぞ、よく眠ってるみてえだ」
「待て、いくら眠っているといっても、奴の傍に移動した途端に勘付かれるんじゃないのか。瞬間移動でも力を使うんだろう?だったら気で・・」
「いや、瞬間移動にゃ特別力が要るってことはねえんだ。この技をオラに教えてくれたヤードラット人だって、強さはからきしだった」
「・・そう言えばそんな事を話していたような気がするな」
「でもよ、すげえんだぜ。オラは小せえ気なんかは拾いきれねえんだけど、あいつらは相手が例えばネコみてえな動物なんかでも、知ってさえいりゃ全然問題ねえんだ。オラ、一生掛かってもきっとあそこまではなれねえなあ」
「しかし、こんな時間に奴の所へ行ってどうしようと言うんだ」
「いいから任せとけって。ほれ、オラにつかまれ。一杯一杯まで気を抑えて・・いいか、行くぞ」


(・・・これは一体どういうことだ)
 ピッコロは我が目を疑い、掠れた声で呟いた。
 目の前のベッドで深く眠っているのは、確かにベジータだった。眠ってはいても、その気は皮膚にぴりぴりと突き刺さり、押されているような感覚がある。そしてその身体に絡みつくようにして寝息を立てているのは、昼間彼と派手に言い争っていた女―ブルマだったのだ。その体は毛布で大部分隠れていたが、彼らが衣服の類をほとんど、或いは全く身につけていないのであろうことが露出している部分から見て取れる。
(な、だから大丈夫だって言ったろ?)
 悟空は、唖然としているピッコロに小声で囁いた。
(信じられん・・昼間はあんなだったというのに。突然こんなことになったというのか)
(昼間だって、仲良さそうだったじゃねえか)
「あれがか!?」
 ピッコロは思わず声を上げた。
「やっべえ!目ぇ覚ますぞ!」
ベジータの眉がぴくりと動いたのを見てとり、ピッコロの腕を掴むと、悟空は素早く瞬間移動の体勢を取った。


「あっぶなかったー!駄目じゃねえかピッコロ、でけえ声出したりしてよ!もうちっとで見つかっちまうとこだったぞ!」
 悟飯の寝室に降り立った悟空は、隣でまだ茫然としているピッコロに、口を尖らせて文句を言った。
「いくら悟飯の気だって、眠っちまってて、しかも場所が遠いと一瞬じゃわかんねえんだ。悟飯を見つけるのがもうちっと遅れててみろ、今頃オラたちゃブルマんちごとギャリック砲で消されちまってるとこだぞ。ああいう場合、なんか知らねえけど反撃出来ねえもんだかんな」
「お父さん?」
 振り向くと、悟飯がベッドの上に起き上がり、寝惚け眼で父達の方を見ている。
「すまねえ、悟飯。起こしちまったな」
 悟空は息子に近付き、優しく頭を撫でると、彼をもう一度寝かしつけた。毛布を掛けてやり、また明日な、と静かに部屋を出る。扉の向こうに消えようとしている二人の背中を、子供の眠そうな声が追いかけた。
「おやすみなさい、お父さん、ピッコロさん」



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