sweet season (4)

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 温かい。
 指先に微かで快い痺れがある。目を開くと、男の腕の中にいた。床に腰を下ろし、壁に背を預けて彼女を抱いている。
 繋がったまま向かい合う互いの身体は、少し汗ばんでいたが乾いていた。高い場所にある小さな窓から差し込む夜の明りに、倉庫の無機質な天井が寒々しく浮かび上がっている。その場所には不似合いな温もりを体中で感じながら、唇に触れていた男の鎖骨に舌を這わせ、軽く歯を立てた。背に回された腕に僅かに力が込められるのを感じる。
 ゆっくりと肌を滑り始めた指先の注ぎ込む媚薬が、彼女を再び蕩かし始める。薄暗がりに蠢く白い肉体が、縛められた彼の一部に再び力を与える。腹の中で甦ったその熱さが、彼女の吐息を押し上げる。唇から漏れたその響きが、彼の動きを煽る。
 何が違うのだろう。
 腿を登る指先を、首筋を甘噛みする歯を感じながら、彼女は考える。
 この男の身体は、他の男のそれとどう違うと言うのだろう。不思議なほど、馴染む。
 特に巧みな訳ではない、と思う。そもそも命を奪う目的以外でこの男が他人に触れることなどあったのだろうか。それなのに―
 どうしてこんな―
 だが乳房の頂を弄ぶ舌の刺激に、肉の上を這う尖った鼻先の感触に、皮膚に掛かる息の熱さに、彼女の身体は意思を裏切り収縮を始めた。奪われてゆく思考の隅で、自分たちは一体何度果てたのだろうと考える。冷たい壁に、背を、あるいは顔を押し付けられ、積み上げられた鉄製の箱に腹這いになり、床の上で男の身体にきつく絡みついて、彼女は何度も昇りつめた。そして今また、彼の身体の上で快楽を貪ろうとしている。
 際限無く続きそうだ。
 そんなふうに感じながら、彼女は溺れ始める。身体を波打たせるその大小の動きに、全てを預ける。
 重苦しさは消えていた。
 この今だけなのかもしれない。それでも、救われた気がした。


「ブルマさん、お出掛けだったの?」
 夕食の時間を随分と過ぎてから、湯を使い、服を替えてダイニングに現れた彼女に、母は首を傾げて訊ねた。
「ううん、ちょっと仕事がね―」
 調子良かったのよ。キリが付かなくて。遅れてごめんね。彼女は母と目を合わさないように注意しながら食卓に着く。だが恐ろしく勘の良いこの母が吐いた台詞に、彼女は手にしたフォークを取り落としそうになった。
「ベジータちゃんが戻られたの?」
「――どうして?」
「だって、ブルマさん何だかお顔の艶が良いわ」
 迂闊に反応してはならない。彼女は手元のサラダに目を落としたまま、何気ない様子で返した。
「シャワー使ったからじゃない?」
 母は返事をしない。沈黙が居心地悪く、彼女はさも意外だというように母に尋ねる。
「顔色悪かった?あたし」
「そうじゃないけど、ここのところずうっと御機嫌斜めだったじゃないの」
「・・そうかしら」
「そうよ、何だか沈んでらしたし」
 それは、と言い掛けて彼女は口をつぐんだ。ベジータには関係ない、と言ってしまえば嘘になる。
「まあね。色々心配事が多かったから」
 冷たくなったグラタン皿を取って自分の前に置きながら、彼女は慎重に答えた。あら駄目ですよ、それは温め直さないと。言って母はそれを彼女からそっと取り上げる。
「ブルマさんが元気で、ママ嬉しいわ」
「そのままでいいわよ、それ」
「それで、ベジータちゃんは?お食事なさらないのかしら」
 母は彼女の言葉には反応せず、既に温めてあったオーブンにグラタンを入れながら訊ねる。
「さあ、自分の部屋にいるみたいだけど。寝てんじゃない?」
 多分そうだ。倉庫から出たあと、男は一人でさっさと屋内へ消えてしまった。彼女はニットの胸元の壊れたジッパーをかき合わせ、誰かと鉢合わせしないように祈りながら自室へ戻ったのだ。
 彼がこの建物の中で用のある場所と言えば、ダイニングと自室しかない。重力室は独立している。眠っているかどうかは分からないが、ここにいないということは自室に居るということだ。
「そう。お疲れなのね」
 何の気無しに漏らした台詞なのだろう。だが倉庫での情事を見透かされた気がして、彼女は赤面を抑えることが出来なかった。



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