sweet season (1)

 2  3  4  5  6  Gallery  Novels Menu  Next

  よく降るわね。
 昨夜からの雨は、未だ止む気配が無い。ブルマは信号待ちのエアカーの窓越しにどんよりと暗い空を見上げ、小さく息を吐き出した。彼女の体温を留めたそれが、冷えたガラスを薄く曇らせる。
 半年か。
 夏の盛りの暑い日に、その知らせはもたらされた。
 ウイルス性の心臓病だったという。悟空が去って、もう二つ目の季節を迎えている。

 彼が死んだと聞いたとき、彼女は最初それを父の仕掛けた性質の良くない悪戯なのだと思った。悟空と心臓病など、あまりにもちぐはぐすぎる。バレバレだわよ。だがそう言って振向いた先にある両親の表情に、それが悪ふざけではないのだと、知った。
 彼女がその話をベジータに切り出したとき、彼は常の如く、何の冗談だ、と鼻を鳴らした。
 だが、いつも呪わしいほどその存在を主張する悟空の気を何度試しても探り出せないと分かった時、彼は表情を凍らせ、石のように沈黙した。場を弁えない青い空を窓の外に感じ、馬鹿馬鹿しいほど明るい廊下で向き合いながら、彼の内側で何かが崩れゆく音を聞いた気がした。

 そのちょうど二ヶ月前、C.Cの重力室は完成していた。
 ベジータが彼女の父に建造を依頼したそれは、あの日以降も稼動を続けている。だが、かの部屋に篭ることがベジータにとって習慣以上のものではなくなってしまったことを、彼女は重苦しい事実として受け止めていた。
 彼は悟空が死んだことで何かを変える素振りは見せなかった。しかし彼女は、彼がすでに熱を失ってしまったことを知っている。完成から二ヶ月の間ほとんど毎日のように彼女を振り回した重力室のメンテナンス作業は、今は週に一度程度にまでその頻度を落としていた。
 正直、彼を正視するのは苦痛だった。
 彼女には彼の空虚が見える。誇り高い男であったから、自らの喪失の痛手を他人に覚らせないようにしているのだろうが、最も彼の身近にいるブルマには―自他共に認めるところだった―、生々しい傷口に触れているようにそれが感じ取れてしまう。
 瞳からは黒い炎が消え、塗り潰したような闇が広がっている。ぴんと伸びた背中からは、張りつめるような覇気が失せている。それらを目にするたび、彼女は鉛を飲みこむような気分になる。だが見たくないと思うことすら許されない気がするのは何故だろう。彼女の肺は、そうして徐々に空気を失う。
 誇りこそすべて。
 あの男は、他には何も持たなかった。ならばそれを取り戻す機会を永遠に失った彼は、一体何者なのだろう。いつも、ぎらぎら輝いている。かつてはそんな男だった。彼女が2年以上、傍で見てきた彼は―

 クラクションに驚き、我に返った。信号はとっくに色を変えている。



 2  3  4  5  6  Gallery  Novels Menu  Next