sweet season (6)

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 明け方近く、ベッドに滑り込む人の気配に起こされた。背後のそれが誰なのかなど、確認する必要もない。
「ふふ」
 着衣から剥き出しになった肩を滑り、ウエストをなぞって腹に回ってきた大きな手に自分の手を添え、彼女は小さく笑みを零した。
「・・何だ」
 男は動きを止め、低い、呻るような声を出す。
「まだ足りないの?」
「――」
「あんなに抱いたのに、まだ欲しいの?」
 その囁きだけで、彼の体は反応した。
 何て正直なの。引き寄せられ密着した尻の谷間に、彼のあまりに素直な欲望、あるいは倒錯した羞恥を受け止め、彼女はほとんど感動しながら目を開く。
 顔が見たい。そう思い、片手で男の髪に触れ、自身の首を後ろに巡らせようとした。だが男は彼女の項に深く顔を埋めたまま、目を合わせようとはしない。
「ベジータ」
 彼女がじれったさに声を上げると、別の意味だと取ったのだろう、彼は彼女の衣服の隙間にその手を滑り込ませた。
 ―まあ、いいか。
 彼女は、背に圧し掛かる硬い身体の熱さと重みを味わいながら、半分枕に埋もれてくぐもった声で彼に伝える。
「あたしもよ」
 足りないわ。だが男は彼女の唇に軽く右手の指先を当て、その先を遮る。
「喋り過ぎだ」
 少し黙ってろ。彼女の耳を咥えながら、実に真面目な声で男は命じた。彼女はくすぐったさと場違いな調子に声を立てて笑ったが、男は今度は意に介さず、黙々と彼女に唇を這わせる。彼女は再び動き始めた彼の右手を両手で捕え、その指を口に含んだ。舌で包み込み、吸い付くように優しく動かす。男は一瞬呼吸を止め、小さく溜めた息を漏らした。
「ねえ」
「黙れと言ったろう」
「何であんなとこにいたの?」
「何?」
「雨の中でさ、突っ立ってたじゃない」
「―ああ」
 くだらんことが気になるんだな。興味あるのよ。何故だ。さあねえ、あんたって何となく放っとけないの。意味なんざ無いさ、水が心地良かっただけだ。嘘。何故そう思う。あんた、寂しそうだったわ。
「寂しそう?」
 ふんと男は鼻を鳴らした。予想通りの反応に、彼女はくすりと笑う。
「うるさいぞ」
 いいから、もう黙れ。彼女は、唇を離れて腹を滑り下りる男の指に身をくねらせ、言われなくてもそろそろ喋れなくなるわよ、と甘い息を混ぜて返す。
 熱を感じたかったのかもしれない。
 熾火になってしまったものを、もう一度燃え盛る炎に戻すことは不可能なのだろう。その機会は永久に失われてしまった。だがこうして触れ合えば、力強い鼓動を感じる。確かな熱さを感じる。腕の中に抱き、その命を実感できる。
 溶けてゆく。
 彼女はそんな錯覚を覚える。この快楽には果てが無い。そのうち本当に溶け合ってしまうのかもしれない。徐々に言葉を失う意識の中、しかしそれは気も遠くなるような官能の充足だと、感じた。



「寂しそうだったのよ。だからね、ついなんとなく」
 彼女は自分達の始まりを、そんなふうに息子に語る。

 死の日まで続く、名も無き関係。その始まりの、小さなお話。


 2005.10.16



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