明け方、大きな二つの気が動き始めるのを感じ、彼は寝台に身を起こした。
悟飯とクリリンが動いたのだ。ということは、あれらが動きを見せたか、あるいはそろそろだと感じて近くへ移動を始めたのか。殺戮が行われているときの、大勢の小さな気が次々と消えて行く様子が無いということは、おそらく後者だ。
あいつらも、それなりに経験を積んだという訳か。
それにしても悟飯が一緒なのはまずい。今日は彼に止めを刺すだろうから悟飯まで殺されることはないだろうが―玩具を一度に捨てるような真似はするまい―、なにしろあれらは気紛れだ。
始まる前に追っ払うべきだな。
彼は寝台を下り、真新しい戦闘服を身につけた。アンダースーツ。プロテクター。シューズ。そして、グローブ。左手に着け、指を開閉し、馴染ませる。
寝台の上では、女が背を向け、横になっていた。枕元の薄い灯りの下、規則正しく呼吸する様子が見て取れた。元々の気が小さ過ぎるので、彼には女が起きているのだか眠っているのだか分からなかった。微かに波があるような気がするが、夢を見ているのかも知れなかった。
眠っているのなら、最後に一度、彼女の髪が指を滑るあの感触を味わいたいと思った。彼は女の後姿に、まだグローブを着けていない右手を伸ばす。だが、大きな波を感じて手を引いた。
起きてやがるのか。
かもしれなかった。ならば、触れることは出来ない。
生きろ。
彼は無言で彼女に語り掛けた。
そう望む限り、お前は生き抜くことが出来るはずだ。厚かましくて下品で野次馬でどうしようもないが、お前にはその力がある。強さが、ある。
彼は女に背を向ける。運も悪くないしな。ナメック星から無傷で戻った彼女の強運を思い、ひそやかに笑った。右手にグローブを着けながら、歩き始める。ゆっくりと歩を運び、窓の無い部屋を出た。廊下を歩き、地上に出る。
東の空が薄く白み、彼の最後の夜明けが迫っている事を告げていた。十月の早暁の透明な冷気の中を、彼はゆっくりと上昇する。
美しい。今は何の拘りも無く、そう感じた。
この星は、彼の知るどんな星よりも美しいのだった。彼は、生ぬるかったが、自分はここが嫌いではなかったのだと思った。彼の最初の敗戦の舞台となった星。彼が終生の敵とした男を育んだ星。彼が再びの生を与えられて降り立った星。彼を奇妙な女と結びつけた星。数奇な運命を辿った彼の命を、抱きとる星。
さあ、行こう。
自身の最後の朝陽を目指して、彼は一気に加速した。たちまち、その姿は東の空の白の中へと吸い込まれる。一陣の風だけが残った。だがそれすらも、澄んだ空気の中へと溶けて行った。
2005.6.6