その朝空はまぶしく輝く (5)

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(ちょっと冷えちゃった。早くシャワー使いたいなあ)
 結局開いたままの窓の傍で自分の肩を摩りながら、微かに水音のする方を振り返る。一緒に入ってしまおうか。足音を忍ばせ、そっとバスルームの扉を開ける。湯煙の中、男は閉じていた目を開き、にっこりと微笑む女の顔を鏡の中に見出した。
「何してやがる!」
「いいじゃない、一緒に入ろ?」
「断る!勝手に入って来るな!」
「あんたって変なとこで可愛いわねえ」
「あっバカ!触るな!」
「ほら、おとなしくして。洗ったげるから」
「よせと言ってるだろうが!貴様には慎みというものが無いのか!」
 身を捩って逃れようとする男を、彼女は笑いながらそのやわらかな体でからめとる。本当に嫌なら、彼は彼女の事なんか指一本で振り払える。
 しかし彼女が掌にあるスポンジで泡を作っている隙に、男は彼女の腕をすり抜け、バスルームを飛び出してしまった。貴様が出て行かんなら俺が出て行く、という捨て台詞を甲高く反響させながら。
 逃げたわね。
 彼女は喉の奥で笑い、自分の体をいとおしむように細やかな泡で包んでゆく。
 なんだっていい、名前は必要ない。彼女は今あの男が好きで、一緒にいたいと思っている。彼は今ここにいて、彼女を抱いて、悪くないと思っている。十分だ。大切にしよう。いつ居なくなってもおかしくない相手だ。明日には終わる―そんな関係かもしれないけれど。
(言葉は大事だけど―)
 振り回される手はない。男の表情豊かな顔や身体を思い出し、彼女は笑いがこみ上げてくるのを我慢できない。感情面の語彙が増え、様々に経験を重ねても、彼がその内面をすらすらと言葉に乗せるということは多分一生無いのだろう。それでいい。
 シャワーの栓をひねると、勢い良く飛び出してきた湯に流れ落ちる泡の下から、彼女の裸形が姿を現す。完璧な曲線を描く体のライン、温められて桜色に光る肌。
 きれいだわ。
 決して自惚れだとは思わない。あちこちに残った彼の痕跡さえ、自分をデコレーションしてくれるものに思える。手入れを済ませ、鏡を覗く。匂い立つような女が、そこにいた。
 ちょっと寝不足だけど、十分おいしそうね。
 男が、お得意の台詞を吐き捨てて眉根を寄せる様が目に浮かぶ。
 ふふん、知ってるのよ。その下品なのが好きなくせに。
「さあ、今日はどんな下品な格好で困らせてやろうかしらね」
 バスルームを出ると、目に沁みるほどの青空が輝いていた。仕事は溜まっていたが、不思議と苦には感じない。
 やんちゃな子供が飛び跳ねたあとのようなベッドの惨状が目に入る。シーツの上を手探りする男の様子を思い出し、彼女は遂に声を上げて笑いながら、ドレッサルームへと消えていった。

2005.4.2



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