その朝空はまぶしく輝く (4)

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 そのとき、部屋に鋭い光が差し込んできた。彼女は小さく叫び、眩しさに目を背ける。
 ゆっくりと視線を戻したとき、彼女が見たものは、生まれたての朝陽の投げかける光を全身に纏った男の姿だった。彼女は、自分がそれを目にするのは初めてだったな、と頭の片隅で考えた。早起きなほうではなかったし、目覚めたとき隣に見出すのは、いつも冷え切った一人分のスペースだけだった。
 やだ、どうしよう。
 彼女は信じられないような思いでそれをみつめた。こんなにじろじろと見るのはいくらなんでも礼を失する。でも目が離せなかった。固定されているみたいに、どうしても視線が動かない。
 男の瞳は、金褐色のような不思議な色に輝いている。陽光は、黄味を帯びた滑らかな肌を際立たせ、鋼のような身体に濃い陰影を作っている。硬質な黒髪は、光を受けて、微かに動くたび細かな輝きを散らしている。
 冒し難い何かを湛えた男の姿に、床に跪きたいような衝動に駆られて、彼女は彼の大きな左手をとって両手の中に包んだ。それから、甲にそっと唇を押し付ける。
「・・お前のやることは訳がわからん」
 と男は眉根を寄せた、いつもの不機嫌そのものといった表情で―それでも彼女の手を振り解こうとはしなかったが―不可解そうに彼女の行為を眺めている。
「あんたが好きだわ」
 目を閉じて、彼女は囁いた。指先に伝わる男の掌のぬくもりが、胸の中をしっとりと濡らしてゆく。その手を抱こうとしたが、軽い抵抗を感じ、目を開いた。
「・・・・・」
 男は硬直していた。別におかしなことは言っていないつもりだったが―
 彼の瞳が、彼女の瞳とぶつかった。みるまにその顔が紅潮してゆく。
「なによ、どうしたの」
 追い討ちをかけたのか、彼の紅潮は一気に首まで広がった。彼女は唖然としながらそれを眺める。男は彼女から視線を逸らし、少し怒ったように眉を顰めた。彼女はさっき得た手応えを確認すべく、彼の顔を覗き込む。
「ね、あんた二股掛けられてるとか思ってたんじゃないの」
 彼は彼女から逸らしていた目を見開いて、ぷいと顔を背けた。常は難解だが、こうなってしまうと普通より解りやすい。
「あいつは半年も前に出て行ったじゃない」
「・・・トレーニングに出たとか言ってたんじゃなかったのか。帰って来てた」
「時々荷物取りにきたりしてただけよ。居所が定まるまでうちに置いといて欲しいって話だったから。すぐ出てってたでしょう?あたしだって顔合わせてなかったし。十五年もここに居たんだから―そりゃ途中何回か叩き出したけど―持ち歩ける量じゃないわよ。カプセルに入れたりしたら広げたとき収拾つかないしさ」
「・・・・・」
「でも昨日引取りに来たから。もう来ないんじゃない?遊びに来たりはするかもだけど」
 だけど、安心していいわよ、今はね。―わざわざ教えてあげやしないけど。
「でもそれじゃ、あんた間男かなんかのつもりでいたんだ」
「何だと」
「分かったでしょ。あんたが本命よ。てかあんたしかいないわよ」
「・・・何だって構わん、俺は」
「やりたいようにやってるだけ、でしょ。あたしのことも、抱きたいから抱いてるだけよね」
 微笑んだ彼女に、下品な戯言に付き合ってられるか、と早口で言い捨て、男はベッドから出ようと自分が昨夜脱いだはずの衣類を探した。だが毛布の隙間から出てきたのは自分で引き裂いてボロ布になってしまったシャツだけで、他のものは何も見つけられない。
「くそっ」
 彼は、毛布を腹から離さないまま力任せにシーツを引き剥がし、腰に巻いた。恥ずかしいというより、我を取り戻した状態の相手に無防備な姿を見られるのが嫌なのだろう。体勢を崩し、ベッドから転げ落ちそうになった彼女は、男の乱暴な振舞いに口を尖らせて声高に抗議する。
「ちょっと!何すんのよ、危ないじゃないのよ!」
「やかましい!」
「シャワー使うんでしょ!?バスルームは部屋の中なんだからそのままでもいいじゃない!見ないわよ、別に!」
「黙れ!さっきじろじろ見ていやがっただろうが!」
 男は怒鳴り、彼女に背を向ける。後ろからでも見て取れる耳朶の赤さに、彼女は怒りを忘れた。
「ああ、あれね。綺麗だったわよ、あんた」
 馬鹿が、何をほざいてやがる。笑いを含んだ彼女の声にそう吐き捨てると、男はバスルームのドアのむこうに姿を消した。
 何だって構わん、だってさ。よく言うわよ。
 彼女は忍び笑いながら立ち上がった。少し寒い。窓を閉めようかと考えながら一歩を踏み出したとき、体内に残留していた彼の一部が、彼女の脚を伝った。
(やだもう、また・・)
 彼女は自身の腿を伝うものを見遣り、しかしそれをなんだかとても愛しいもののように感じて、そっと触れた。彼女の体の中で保たれた彼の熱は、みるみるうちにその温度を失う。そのひんやりとした儚い感触に身震いし、彼女は自分の身体を抱きしめる。自身の中に残る彼を。



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