その朝空はまぶしく輝く (1)

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 男は、明け方になっても彼女を放そうとはしなかった。
 まったく。何だってのよ。
 最初は毒づく余裕もあったのだ。疲れて夕方から眠り込んでいた彼女の横に、勝手に滑り込んできて好き勝手始めたことなど、他人の事情などまるで斟酌しないこの男の行動としては腹を立てるほどのものではない。だが夜は昼より少しは饒舌になる彼が、この夜は話し掛けても返事もせず―これも特に昼間は珍しいことではなかったが―、小さく数度呻いた他は一言も発していないというのは彼女の癇に障った。男は押し黙ったまま、少し乱暴とも思える仕種で休みなく彼女を翻弄し続ける。
 いい加減にしてもらわないと冗談抜きで死ぬかも。
 グロッキーになった彼女が、もう何度目か数えるのも煩わしくなった脱力感の中でついに白旗をあげて懇願する。
 もう勘弁して―お願いよ。
 男もいい加減疲れていたのか、言われなくともそのつもりだったのか、息を整えた後、彼女から身体を離した。

 どこもかしこもべたべたして気持ち悪い。そのうえ、男にいいようにされている間は感じなくて済んだ別の種類の鈍重な疲労が彼女を隅々まで支配し、指を動かすのさえ困難に感じるほどだった。シャワーを使いたいと思ったが、今立ち上がることは不可能だ。せめて新鮮な空気が欲しい。この息苦しさと真っ白になった頭を何とかしたい。やっとの思いでサイドテーブルに手を伸ばし、力の入らない指先でリモコンのボタンを押すと。小さな電子音が響いてブラインドが上がり、バルコニーへ続く窓がゆっくりと開いた。
 初夏の明け方の爽やかな冷気が、うつ伏せになった彼女の背を撫で、その肺に流れ込んできた。こんな高台にある建物のこんな高層階で、誰に見られる訳でもないのに、一緒の夜はブラインドを上げることを許さないこの男も、この時は枕元の操作盤で部屋の薄い照明を消しただけで彼女の行動を阻止しようとはしなかった。一瞬部屋が暗転したのち、夜明け前の薄明かりの中に男のシルエットが浮かび上がる。ベッドボードに体を預け、足元を眺めているぼんやりとしたさまは、彼女の興味を引いた。彼のそんな程度に無防備な様子さえ見たことが無かったのだという事に思い至り、今更のように自分たちの関係に思いを馳せる。
 なんなのかしらね、あたしとあんたって。
 恋人と呼ぶことはためらわれるその男の、額から鼻梁にかけての鋭い線を目でなぞりながら、彼女は考える。お互い気楽にこういった関係に至るタイプではない。いや、少なくとも自分は。
 だが、どうしようもなかった。自分たちを何と呼ばれる関係にもっていくのかなど考えるいとまが無かったのだ。



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