覚醒(4)

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『世の者どもが何と申しおるか、存じておるか。余があれを殺した理由とやらを』
『・・いいえ』
『偽りを申すな。耳に入らぬ筈がなかろう』
 と王は鼻で嗤った。実は、知っている。王は弟の妃に懸想し、それを奪うために弟を殺した、という話が面白おかしく作り上げられているらしい。以前、若い女官が「こんな話が流布しているが」と興奮気味に彼女に話して聞かせたのである。無理もない。事件後の王の行動は、それを肯定せんばかりだった。
『ある意味、的を射ていなくもないのだ』
 口の端に笑いを浮かべたまま、王が言った。その告白に反応する間を彼女に与えず、真顔に戻って唸るような声で続ける。
『太子が欲しい』
『・・お子なれば、多くおいでになりましょう』
 彼には、既に二十数名の子があった。多くの妻妾を抱えているとはいえ、彼の若さを考えれば相当な数である。
『数はある』
 だがこう答えるからには、多くある子の中にも世継として彼の眼鏡に適う者は無いということだ。
『このたびお生まれの王子は、いかがです』
 声に心情を反映させないよう用心しつつ、このほど“最愛の妃”が産んだ子について彼女は訊ねた。
『使い物にならぬ』
(このお方は)
 吐き捨てるような言葉を、彼女は一種感動を伴って聞いた。いかに寵愛する女の腹から生まれようと、子は別物であるらしい。王であるからなのか、彼一人が特殊なのか、あるいは男とはみなそうしたものなのか。子を持つ母親として他人に接した経験が無く、材料が乏しすぎて判らなかったが、何にせよ彼の王としての目に濁曇が無いという事ではある。
『そなたが欲しかったのよ、昔からな』
 それは、女としてそれ以上は望めぬ言葉であるはずだ。それがその女自身を欲する言葉であったのならば。
『肉体、知能、共に図抜けている。しかも優れた廷臣を数多く輩出してきた名門中の名門の出だ。遠く、王家の親類筋にも当たる。この女なればあるいは、とずっと思っていた』
(ああ、なるほど―)
 衝撃がない、という訳ではない。だがここまではっきり宣言されてしまうと、却って腹も立たなかった。彼女ではない、彼女の“血”が欲しかった、と王は言い切ったのだ。残酷で侮辱的な言葉ではあるが、ある意味誠実だと言えなくもない。少なくとも、彼女にとってはそうだった。得心もした。実に面白くなさそうな顔をぶらさげて、それでも頻々と彼女の元を訪れるのは何故なのか。彼女に対して「一歩構えて接している」と女官に言わせた彼の態度が、何であったか。
 気付くと、背を冷や汗が伝っていた。溺れてしまう前で本当に良かった、と内心胸を撫で下ろした。この王に、魅かれている。だがそれは彼の前にある女すべてに降りかかる天災のようなもので、特別な不運だなどと考えるべきではない。このおそろしく真摯で薄情な王から、今なら引き返せる。
『そなたを譲るよう、あれを説得しようかとも考えたが―』
 彼女の胸中を知ってか知らずか、王は遠い目で―弟の顔を思い出しているのだろう―低く呟き、暫く黙った。
『あれは、そなたに惚れていたのでな』
 言い出せないままだった。ぽつりと呟き、王が伏目を作ると、端正な彫りがよく映えた。鋭い眼光が失われる事で、人の目はやっとそれを見出すのである。その造詣が手伝ってなのかどうか、どんな残酷も、この人の手に成れば人を酔わせる妙薬に変わるのだ、と感じ入らずにはいられなかった。
 亡き弟への想いが滲むその一言に、ひょっとして件の噂通り兄王の手に掛かって果てたのだとしても、前夫は果報な人だったのではないかと思えてしまうのだ。たとえ最後は裏切られたのだとしても、どんな理由でかそれが避けられなかったのだとしても、彼は確かに、兄に深く愛されていたのだから。そしてそれは彼女に向けられた新たなる残酷でもあるというのに、それがもたらす疼きは、どこか甘美なのである。この毒がもたらすならば死もまた甘美なものかもしれぬ、とまで感じさせるのは、もうこの王が持つ魔性というほか無いのではないか。
『あれとそなたの間に子が出来ればそれを譲らせよう、と考えていたところだった』
『・・なぜです』
『王家の血には変わりない。余が余でなかったならば、あるいはあれが王であったかもしれぬ。我が子らが使い物にならぬとあらば、そうせざるを得ぬであろうよ』
 サイヤ人は、“血”を重んずる種族である。血統こそが、優秀な戦士を生み出す第一条件であると考えられてきたからだ。他種からは、己が力のみを拠所とする単細胞だと軽んじられがちであるが、実はそうではない。彼らの社会で階級が何より重きを成しているという事実が、その証である。下級戦士などの中に飛び抜けた力を持つ者が出現し始めたのは近年の話であり、しかもそれは、「フリーザとの同盟」がもたらす非常事態に咲いた仇花に過ぎなかった。
 そのサイヤ人にとって“王家の血”とは、ほとんど信仰の対象だと言って良い。その王家から公に輩出される子には、それに見合う力と知性が要求されるのである。王ともなれば尚更だ。しかし、
『いえ、そうではなく』
『何?』
『それは最終手段であるはず。陛下、あなたはまだお若いのに』
 この先も、子は多く儲けられよう。優秀な子が得られる機会はまだ幾らでもあろうに、何をそんなに急ぐというのか。
『力だ』
『ちから』
『そうだ、もっと王家の力を高める必要がある。これまでとは違うのだ、愚か者に余の後継は務まらぬ。優れた後継を得てこそ王室は安定する。安定は威を高める必須条件だ。事は急を要する』
 孕め、と念ずるように低く命じ、王は彼女を引き寄せて夜着の帯を解いた。



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