覚醒(3)

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 彼女の前夫は、遠征先で死んだ。変死であった。
 標的の巨大惑星に繁栄していた人類は弱小種で、下級戦士を相手にであれば、兵器を使って少しは持ち堪えるかという程度である。だが売り物の惑星に修復不能な傷を付けるという訳にもゆかず、異常なまでに数の多い敵を大気圏内でじりじり攻め滅ぼさねばならなかったため、遠征は長期に及んだ。その終盤に差し掛かったころ、前夫は落命したのである。
 彼は、その星の最高神降臨伝説を有する山の麓、樹海を貫く間道の傍で倒れていたらしい。発見された時には、既に冷たくなっていたという。心臓を破り抜く光弾痕が一つあり、それが致命傷であったと見られる。
 急遽仮喪に服しながら、臣下達は一様に首を傾げた。
 王弟である彼が、なぜ独りで死んでいたのか。貴人には、幾人もの近侍が影のように張り付いているはずだ。それが、一人残らず消えている。捜索が行われたが、遺体の一つすら発見出来なかった。
 王による弟殺害の噂は、彼の凱旋直後からじわじわと拡がっていたらしい。
 逆算により推定される死亡時刻前後の、王の現場不在を証明できる者がいないのである。加えて王弟と最後に会っていたと思われるのもまた、王であった。彼は山裾の本陣に居たのだが、一度母船に戻ると言い残し、訪ねてきた王弟と共にそこを後にした。親衛隊が続こうとしたが、弟の護衛どもで十分、と王は彼らを制したらしい。万一の場合(王弟が翻意を抱いていた場合)を考えたのであろう、それでは体裁が悪いと参謀長が遠回しに諌めたが、王は笑うだけだったという。

 ここまでの話は、従軍していなかった彼女の耳にも入ってきていた。だが王にとって、弟の死がいかに大きな軍事的痛手であるかという事を、幕閣の一人でもあった彼女はよく知っている。庶人には格好の話題であろうが、王が前夫を殺害するとは考えられない。少なくとも通常の場合は。しかしながら、
(辻褄は合う)
 合うのである。だからこその噂、なのだろう。
 高い戦闘能力を持つ前夫が、なぜ弱小種が蔓延(はびこ)るばかりの遠征先で、しかも誰一人として貴人である彼の最期を見届けていない、という異常な状況で落命したのか。彼の体に残っていた傷は、致命傷一つのみ。すなわち、一撃で殺害されているのである。どう考えても、その星の原住民には到底不可能な業であった。だが王であれば―
 前夫は、彼女などがそこに少々危険な匂いをすら嗅ぎ取ってしまいかねないほど、兄王を慕っていた。戦闘力的には拮抗する二人だったが、確かにあれならば王にとって彼を殺害する事は困難ではあるまい。そして王であれば、護衛の近侍達から前夫を引き離す事も、彼らを始末する事も簡単である。
 では仮に噂通りだったとして、理由は何なのか。唯一考えられるとすれば王弟の造反だが、そんな話も聞かない。
『兄上は、私の事を御信頼くださる』
 解っていて下さるのだ、私という男を。あの方の為なら、私は命も要らぬ。
 事あるごとに、前夫は熱っぽくそう語っていたものだ。あれが芝居だったと言うなら、世の営みはすべて劇中の出来事に過ぎぬ。
 あれだけ兄王に心酔し切っていた前夫にして、そも謀反など考えられない。王とて、それを心憎く思うはずがないのだ。兄弟仲は、実際この上無かったように彼女には感じられた。とはいうものの、人は理屈だけで動くものではない。百万に一つの可能性が無いではないかもしれぬ。だがその場合、前夫の謀反が公表されないというのは妙ではないか。王室からは、この“事件”に関して未だ何の声明も出されていない。一サイヤ人同士の私闘であるというならいざ知らず、政治的軍事的に重要な人物の変死について、不穏な噂をそのままのさばらせておく理由などありはしないだろう。
『どのようにお考えですか』
 このまま放置していて良いのか、という思いでそう質してみると、王は鬱陶しそうに眉を顰め、そんな馬鹿馬鹿しい話は聞きたくもない、とでも言いたげに黙り込んだ。
『そなたはどう思う』
 しばし沈黙が続き、とりあうつもりが無いらしいと諦めかけたとき、王が唐突にそう返してきた。照明を抑えた彼女の私室の中で、その瞳は底知れず黒く、不気味に静まり返っている。
『余が殺したと思うか』
 思わぬ言葉が続き、彼女は瞠目した。そういう意味で奏したのではない。取り違えている。
『だとすれば殺すか?余を』
『・・・・・』
『前夫が恋しいか?あれはそなたを大切にしていたな。丁重に過ぎるほどにだ。そなたはな、あれにとっては重すぎた。そうは思わぬか』
 睫毛を下ろして憂わしい表情を作ってみせながら、内心、これは面白い事になったと彼女は思っていた。訊こうとも思っていなかった王の本音が、彼自身によって語られようとしている。



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