ザ・男前倶楽部 PartT(5)

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「おまえ、あんな危ないとこに行ったのか」
「何言ってるの、しょっちゅうだわよ。治安は悪いけど仕方ないわ。いい仕事する職人がいるのよ」
「なにもお前が出向く事ないだろ?荷物だったら配達させるとか、でなきゃ誰か代わりに行かせるとか・・・」
「偏屈の変人のクソジジイなのよ。あたしが直接行かなきゃ、絶対寄越しゃしないの」
 そうでもしなきゃ、こんな美人寄りつきゃしないもんだから。あのじいさん、あたしに気があるのよ、絶対。呑気な事を憎々しげに呟きながら、ブルマはダイニングチェアに腰を下ろした。
「他に買う物があったんで遅くなっちゃったのね。よしとこうかなとも思ったんだけど、何しろ偏屈でしょ。約束を違えた、とか言ってまたゴネられたりしたら鬱陶しいじゃない。で、いつもそうするんだけどフライヤで行こうと思ったら、家に忘れてきちゃってて」
「エアカーは?乗って行ってたんじゃないのか」
「じいさんのオフィスはボロビルの最上階なの。空から行った方が近いわけ。屋上に降りて、そのままじいさんのとこへ。用が済んだら、屋上から帰る。何より、地上に降りないで済むってのが安全でしょ」
「なるほど」
「取りに戻るのも面倒だったしさ、仕方ないからそのままエアカーで行ったのよ。で、行きは良かったんだけど、案の定、帰りにね・・」
「―何があったんだ?」
「女一人に大層な頭数だったのよ。まずバイクで周りを取り囲まれて、動けなくなっちゃったわけ。10人以上いたかなあ」
「いたかなあって・・」
「なんかオソロシげな棍棒だとか、銃だとか、そういうの突きつけて来てさ、『降りろ』って言うわけよ。それからお金とかカードとかカプセルとか、全部取られちゃって」
「淡々と話すなあ。恐くなかったのか?」
「そりゃ恐かったわよ。ハッキリ言って歯の根が合わないほどブルってたんだから。でもさ、そういうの見せたら煽っちゃうじゃない?だからこう、毅然としてたのよ」
「さすがはドラゴンボール探して一人でふらつく女だよな・・・それで?奴ら退散したのか」
「する訳無いでしょ。取るもん取ったら、『こんないい女、このまま帰ってもらったら罰があたるよなあ』とか、イヤラシイ事言ってじりじり迫ってくるわけ。もうホントにダメかと思ったわ」
「・・・で、そこにベジータが・・」
「そう!現れたのよ。もう信じられないほどカッコ良く見えたわ」
「おいブルマ・・」
「ヤバかったわ。もうちょっとで惚れそうだったもん」
「あのな・・・・しかし、それにしても何でそんなタイミング良く・・」
「なんかね、全く偶然ってわけでもなかったみたいなのよ。あの辺りの上空を飛んでて、あたしに気付いたんだって。それで何となく観察してたら」
「ヤバそうだってんで、わざわざ助けに降りてきた?あいつが?」
「助けたというより、血が騒いだんじゃない?どんなに下らなくても、争いとか戦いの類は素通り出来ないのよ、あいつ」
 彼女は可笑しそうに言いながら両手でカップを持ち上げ、一口含んだ。二の腕が乳房を圧し、チュニックから覗く谷間が深くなる。
「ま、あいつの思惑は別として、あたしは結果的には助けてもらっちゃったわけ。だからね、お礼にデートしてあげたの」
「・・要するに、朝まで引っ張り回したんだな」
「やあね、都の文化について講義してあげてたんじゃないの」
「よく大人しく付き合ったもんだな、あいつが」
「退屈してたんじゃない?ビリヤードもハーツも、すぐモノにしてね」
「び、ビ、ビリヤード?」
「そうよ、『下らん、下等だ』とか言ってたけど、結構楽しんでたわよ、絶対」
「ビリヤード・・・ベジータがビリヤード・・」
「それからお腹が空いたんで、二人してオールナイトのジャパニーズ倶楽部に入ったんだけど・・」
「けど?」
「ここから先はヒミツ」
「はあ!?そこから先が肝心なのに!?」
「でもねえ、約束しちゃったから」
「あいつがお前に 『黙っててくれ』 って頼んだってのか?ありえない!一体何を・・」
「頼まれちゃいないけど、 『黙っててあげる』 って言っちゃったんだもの。いいじゃない、あんたが心配するような事なんか何にもないわよ。ちょっと愉快で不思議な一夜だったってだけ」
「だからって・・」
「ああ、ほら、そろそろ時間じゃない?映画スターになり損ねるわよ」
「・・別にそこまで考えてないよ。烏龍が勝手に言ってるだけだ」
「ダメよ、もっと野心を持たなきゃ」
 シャツオッケー、スーツオッケー、靴は磨いたわね、髪も決まってる。彼女はひとつひとつ指差しながら、大きな声でチェックする。
「よし行って来い、Mr.ハンサム!」
 スタントなのだから、顔は関係ない。第一彼の顔には、通常の俳優業には致命的といえる大きな傷跡がある。だが彼女のその言葉に、彼は喉元につかえていたものが溶けてゆくのを感じた。
「オレなんだな」
「ん?なに?」
「・・いや」
 彼は、自分の中にわだかまっていたものがベジータの思惑では無かったらしい事に我ながら驚いていた。それほど意識してはいないつもりだったが、劣等感は、物事を歪めて見せる。
「じゃあ、行くよ」
「頑張ってね、ヤムチャ」
「ああ」
 カップを口元に運びながら彼を見送り、彼女が小さな顔の横で左手指を軽く揺らす。ちょっと右手を上げて応え、彼は部屋を後にした。玄関ホールの天井付近にある明かり取りから、階下へ続く階段に長く夕陽が射している。彼は眩しさに目を細め、踊り場で足を止めた。遠くの方で、蝉の声が響いている。昼間はうるさいばかりだったその声に夏の到来を感じ、彼はなんだか歌い出したい気分になった。
 階段に差し掛かったとき、リビングの窓を開く独特の音が微かに耳に届いた。気から、外出していたベジータが戻ったのだと分かる。だが彼の足取りは軽い。そこから吹き込んだであろう初夏の夕風を背に感じた気がして、うきうきと心が弾む。だが続いて響いたブルマの嬉しそうな声に、彼はあやうく段を踏み外しそうになった。

「あらお帰り、ハンサムさん!」


2006.7.6 (連載終了)
2006.9.16(編集後分をMENUに掲載)


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