ザ・男前倶楽部 PartT(4)

 1  2  3  5  Gallery  Novels Menu  Back  Next

 夕方から、人と会う約束があった。
 本決まりではなかったが、スタントマンとして映画出演の話が来ているのだ。大手モデル事務所に所属している烏龍の伝手だった。
『助監督がさ、女の子探して事務所まで来てたんだ。チョイ役なんだけど、いいコが欲しいんだってさ。スタントも、主演の男優に似た奴を探しててよ。顔は映さねえけど、かなりアップで撮影するからCGじゃダメ、けどイマイチ似た奴がいないんだってこぼしてたんで、お前の事紹介したんだ。良かったら会うだけでも会ってやってくれねえか』
 スタントやワイヤーアクションを使わない事で有名な肉体派俳優も、寄る年波には勝てなかったという事なのか。だが件の俳優の背格好は、確かに彼によく似ているようではあった。
『だけど烏龍、オレ演技の経験なんてないんだぞ』
『平気だよ、演技力なんて要求されやしねえさ。必要なのは派手なスタントなんだから。朝飯前だろ?それによ、お前割といい男なんだし、本格的にその世界に入る足掛かりになるかもだぜ』
 就職しようと考えていた矢先ではあったし、面白そうだと思った。とりあえず関係者に会ってみようという事になり、今宵の約束と相成ったのだ。
「ったく、いつまで寝てんだ」
 陽が陰って来ているというのに起き出してくる様子の無いブルマに、ヤムチャは苛立ちを募らせていた。外出する前に、昨夜の事をどうしても確認しておきたかったのだ。
 どうせ何でもないのに決まっている。そんな事をここまで気にする自分が我ながら情けなかったが、こんな引っ掛かりのあるままでは面接に集中出来そうにない。と言って、寝ているものを起こしてまで問い質したくはないのだ。彼にとてプライドというものがある。
 そうは言うものの、もう半時間もすれば出掛けねばならない。彼がリビングのソファの上でイライラしながら、面子を取るべきか面接を取るべきかと迷っていると、廊下の奥から靴音が近付いてきた。
(やっと起きた)
 自分だって人の事を言えた義理ではないが、彼女は度を超している、と彼は常々思っていた。研究者であり、発明や開発を仕事としているのだから不規則になるのは仕方がない。だが彼女の寝起きのだらしなさといったら―
「あら、おはよう」
 だが振り返った彼の目に、いつもの、目を覆いたくなるような姿は飛び込んで来なかった。
 あれ?
 シャワーを使ったのだろう、ブルマはさっぱりした様子で、ごく薄くだが顔には化粧まで施してあるようだった。パーマの掛かった髪は濡れたままだったが、頭頂近くで纏められ、ポニーテール風に作り込まれている。
「あんた、時間大丈夫なの?」
「え?あ、ああ、もうちょっとしたら出るんだ」
「ふうん・・・ママは?」
「さっき出掛けたよ。友達とオペラを観に行くとか言ってた」
「へえ」
 さして興味もなさそうに返事し、彼女はダイニングの方に足を向けた。レタスグリーンの薄手のチュニックからは、相変わらず肩や背中が剥き出しになっている。脚の付け根でざっくり切ったブルージーンズから、健康的な脚がきれいに伸びている。それは室内の光でも眩しいと感じるほど白く、滑らかなツヤは吸い付くような感触を彼に喚起させた。
「・・なあブルマ、もうちょっとこう・・・」
 生々しいまでの肉感をひどく危ういと感じ、彼はひっそりと眉を顰める。
「なに?なんか言った?」
 ダイニングの入口で立ち止まって彼を振り向いた、その首筋の美しさ。彼女は骨格に恵まれているのだ。胸や尻には十分な肉を蓄えているのに、節は形良く、細い。
「もうちょっと、なんていうのかな、気をつけたほうが良くないか?」
「なにが?」
「その格好だよ。ベジータだっているんだし・・」
「格好?」
 彼女は自分の服装を見下ろして首を傾げ、薄い笑いを浮かべながら目を上げる。
「なに、今さら妬いてるわけ?他の男に見られたくないって?」
「いやそうじゃなくて・・・」
「別にこんなの大した事無いんじゃない?このまま外に出たって全然おかしかないわよ」
 チュニックのオーガンジーレースを揺らしながらその場で一回転して見せ、彼女はダイニングに引っ込んでしまった。ああ、そんなにひらひらさせて。恋人の無防備さに、彼は重い溜息を吐く。
「なあブルマ、ふざけないで答えて欲しいんだが」
「んー?」
 ヤムチャはダイニングの出入口を塞ぐように立ち、サーバーからカップにコーヒーを注いでいるブルマの背中に声を掛ける。
「どうしたの、随分深刻そう」
 彼女は湯気の上がるカップを手に彼を振り返り、大袈裟に眉を上げてそう言うと、カウンタに尻を預けて一口含んだ。
「昨日の夜は、ホントにベジータと一緒だったのか」
「あーぁ、それ?ええ、一緒だったわよ」
「・・何やってたんだ?」
「ふふ、何だと思う?」
「ブルマ、俺が訊いてるんだ」
 ベジータと同じ台詞を事も無げに投げてみせる彼女に、彼は酷く気分が悪くなった。
「あいつは何て言ってたの?」
「何にも。勿体つけられて、バカにされて、それで終わりさ」
「ヤムチャ」
「ああ白状するよ、妬いてんだオレは。どうせたいした事じゃない。分かってるさ。でも気になるんだよ」
「・・・ばかね」
 ブルマはふっと相好を崩し、カップを片手に彼に近付いた。
「・・バカだよ」
 目を伏せ、自嘲するように呟いた彼の頬に、細い指が近付く。色を乗せていない無垢な指先は、裸の唇と相まって彼女を実年齢よりもずっと瑞々しく見せた。
「だけど、自分の恋人が一晩中他の男と一緒に居たんだぞ。それに相手が相手だ。誰だって気になるだろ」
「そうねえ。でも自分の恋人が一晩中他の女と一緒に居ても、わりと気になるもんよ」
「ブルマ、だからあれは・・」
「いいわ。今はその話をしてるんじゃないから」
 彼女は、開きかけた彼の唇を人差指の先で塞ぎながら囁き、上目遣いに悪戯っぽく笑った。やばいよなあ。大きな目の下でふっくらと膨らむ目袋の婀娜(あだ)っぽさに、彼はじわりと焦燥を覚える。
「助けてくれたのよ、彼」
 掛けない?テーブルに移動しながら席を勧める彼女に、彼は首を横に振った。
「助けてくれた?ベジータが?」
「昨日イーストサイドに出掛けたんだけど、そこでね」


 1  2  3  5  Gallery  Novels Menu  Back  Next