ザ・男前倶楽部 PartT(3)

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 ―待ってくれよ、おい。
 ベジータがこの手の冗談に乗るものだろうか。貴様らの戯言に興味はない。そう言って一蹴してこそこの男だという気がするが―
「その・・・え・・?」
「言ったでしょう、あたしたち仲良しなのよ。秘密を共有してるの」
「秘密?」
「秘密なんだから、ひみつよ」
 そうよね。ブルマはベジータの背凭れに手を掛け、斜め上から彼を覗き込んでにやにやと笑い掛ける。彼女の深い谷間が、男の顔のすぐ傍に近付いた。豊かな房の片方は、彼の耳朶をふにゃふにゃと圧迫しているかもしれない。男は彼女の言葉に反応しないまま、再びグラスの中身に口を付けた。上質なクリスタルと、上質な氷の協演する耳良い音が響く。喉を仰け反らせた男の逆立った髪が、彼女の柔らかな弾力に押し付けられて曲がった。
「イタっ」
 もう、なんでそんなに硬いの。上体を起こし、男の先端に引っ掻かれた胸元にそっと指を這わせながら、彼女は口を尖らせて文句をこぼす。
 えっと、オレは・・
 どう反応すればいいのだろう。頭が混乱して判断を下せない。
 なんで黙ってんだよ、ベジータ。
 自分はからかわれている。そうに決まっているのだが、何故かベジータが反論しようとしない。面倒だから黙っているのか、彼らの間に密約が交わされてでもいるのか (淫靡な響きだ)、あるいは、ひょっとすると―
 ホントに何かある、とか?
 しかし視線を泳がせ、茫然と口が開いたままになっているヤムチャの様子に、ブルマがついに吹き出した。
「ちょっと見た?あの顔!」
 げらげら笑いながら、彼女は席に戻る。自分のグラスに手を伸ばし、ストローを咥えて含み、一息ついてまた笑った。
「ホント、おっかしい!あんた、自分はさんざ遊びまわってるクセにさ」
「ば・・違うよ、そうじゃないって言ってるだろ!」
「ハイハイ、そういう事にしといたげるわよ」
 グラスをテーブルに戻しながら、ブルマは愉快そうに息を吐き出す。
「ああ、こんなに笑ったの久しぶりよ」
 あんた、才能あるじゃないの。そう言いながら軽く男の腕に触れる彼女の仕草は、ヤムチャをひどく不愉快にさせた。
「ブルマ、おまえタチが悪いぞ。それに」
 お前に楽しまれちまったのはオレなんだろ、だったら「才能」あるのはオレの方じゃないか。
 とは、やっぱり言えなかった。生き返って間もないという事が、彼を少々敏感にしているのかもしれない。その言葉を、目の前の男はどう聞くだろうか。彼の口を閉ざしたのはその思いだった。
「それに、なに?」
「・・いや」
「?ふうん」
 口篭った彼は、継ぎ足す言葉を探して暫く黙っていたが、彼女の方はそれで話は終いだと思ったらしい、椅子の上で身体を伸ばしながら大欠伸を漏らした。
「あーあ、ねむ・・」
「なんだ、昨日は遅かったのか?」
「いいえ」
 寝てないのよ。ベジータと一緒だったんだもの。にやにやと男に流し目を遣って際どい事を言い、彼女は椅子から立ち上がる。
「バカ笑いしたら一気にキたわ。一眠りしてくるわね」
 おやすみ、ハンサムさん。背を向け、ひらひらと手を振りながら彼女が口にした台詞は、一体どちらが受け取るべきものなのか。
(結構効いた・・)
 なんとか平静を装ったものの、実は脳を直接殴られたような衝撃を受けた。
(一緒だったって、そりゃどういう・・・)
 いやどういうもこう言うも、ここで一晩話し込んでいた、位の話に決まっているのだ。だがそれはそれでショックだった。彼の事を空気のように無視するこの男が、彼女を相手になら一晩中でも話し込んでいられるというのか。
「・・なんかマズい事でも握られてるのか?」
 一方的に喋る彼女を側らに黙って座っていただけだったとしても、この男の振舞いとしては到底有り得ない事だと彼には思われた。何か弱みを掴まれてでもいるのだ、と思いたい。
「・・何の話だ」
 肌を撫でるたおやかな風に瞼を微かに伏せていた男が、ぎろりと彼を睨む。
「一晩ここで付き合わされたんだろう?随分サービスいいなと思ってさ」
「・・こんな所で一晩も何をするというんだ」
「・・お喋り、じゃないか?」
「お喋り?俺が?あの女とか?」
「うん・・」
「馬鹿馬鹿しい」
 はっ、と男が吐き捨て、呆れたように彼から目を逸らした。
「じゃ、じゃあ何してたんだよ」
「・・・ほう、気になるわけか」
 片方の眉を上げ、男は下目遣いで彼を眺めた。こんな所に意外な玩具が落ちている。表情には、そんな事でも言いたげな色が浮かんでいる。
「そりゃ、そりゃおまえ、オレは」
「何をしてたと思うんだ?」
「・・知るかよ、だから訊いてんだ」
 弄ばれる腹立たしさを飲み込み、血がじんわりと冷えてゆく。彼が臆病だからではない。男が形の良い唇を歪めて片頬に浮かべた笑みは、楽しんでいるようではあるが、ぞっとするほど酷薄で冷たかった。
「では質問を変えてやる。貴様は昨日の夜、どこで何をしてたんだ?」
「・・お前に関係ないだろ」
「尤もだ。ならば俺が何をしていたかも貴様には関係ないな。もとより答える義務など無いが」
「・・・ブルマはオレの恋人なんだぞ」
「なるほど」
 有意義な情報、かつ重大な事実だな。男はせせら笑いながら、静かに立ち上がる。
「だったら、四六時中尻の番でもしてるがいい。でなきゃ檻にでも閉じ込めておくんだな」
 そうでもせんと、貴様には御し切れんだろ。僅かに肩を竦めて哀れむような声音で言い、ベジータはさっさと踵を返した。まったく、いい迷惑だぜ。若い芝を踏みしめながら遠ざかる背をじっと睨むヤムチャの耳に、溜息交じりの呟きが届く。小柄な姿が見えなくなるや、崩れるように力が抜け、彼は自分が身体中を緊張させていた事に気付いた。


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