ザ・男前倶楽部 PartT(2)

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「何を見てる」
 視線に気付いたベジータが低く言い、凶悪な目付きで彼を睨んだ。せっかく誉めてやってたのに。ヤムチャは苦笑しながら男を宥める。
「怒るなよ。趣味が良いなと思ってただけさ」
「何の話だ」
「その服だよ。自分で組み合わせたんだろう?」
「・・目についたものを適当に引っ掛けただけだ」
「いや、ブルマにゃ難しいだろうなと思ってさ」
 自身の服装に関する趣味は悪くないと思うのだが、彼女に他人のものを選ばせるべきではないという持論が彼にはあった。現に目の前の男も、彼女が無理矢理コーディネーターを務める時には酷い目に合わされている。
「ふふん」
 ベジータは、自分の身に着けているものにちらりと視線を遣り、口元を歪めて微かに鼻で笑うような様を見せた。多くは言葉にしないが、彼に同意しているのだろう。
「なあ、ここで何してたんだ?」
 ヤムチャは自分の言葉が幾分空気を和らげた事に気を良くし、気になっていた事について問いかけてみた。
「あの女が言ってたろう、逢引だ」
「お前まで止せよ、あれはあいつの冗談だ」
「冗談だと思うか?」
「賭けてもいいぜ」
「あの女がお前に忠誠を誓うとでも?」
「ちがうね、問題はあいつじゃない」
「問題?」
「あいつがデートしようとか誘ったとしても、お前は応じないだろうってことさ」
「・・良く解ってるじゃないか」
 ベジータは片頬を上げて笑い、薄く瞼を伏せて目の前のテーブルに視線を流す。朝陽の見せた幻なのか、鋭い眼光が隠れ、幾分柔らかな表情に見えた。
「それに俺は、そんなまどろっこしい、無駄な事はしない」
「その気があるならさっさと行動、か」
 茶目っ気たっぷりに言ったつもりの言葉に、しかし気分を害した様子で男は眉根を寄せ、顔を上げる。
「―揃いもそろって下品な連中だ」
 ベジータは軽く蔑むような視線を彼に投げ、ふいと顔を背けて黙ってしまった。鋭利な刃物で切り込んだような目元を、睫毛の落とす影が一層長く隈取る。高度の低い太陽が見せたショウに、ヤムチャの心臓がどきりと弾んだ。
 こいつって・・
 自分にそういう嗜好は無い。と思う。だが何を美しいと感じるかという事に垣根など無いのかもしれなかった。
 眉間から鼻先にまっすぐ伸びた直線は、鋭さと共に、はっとするような気高さを男の顔に添えていた。薄く小さな唇は、意識して観察しない限りあまり血色は感じないが、稜線の浮き上がった見事な立体を成している。そこにさした自然な艶が擽るのは、美的欲求か、あるいは官能なのか。
「・・俺、結構大丈夫なのかもな」
「何?」
「『棘を恐れて遠くから眺めたのでは、薔薇のかぐわしさを知る事は出来ない』、か」
「あ?」
「ものを測るのに境界線は邪魔になる、そりゃ確かにそうだ」
「・・・貴様、何を言ってる?」
「いや、こっちの事さ」
 片方の眉を上げ、じろじろと不審そうに彼を睨む男からは、ついさっき漂った凄いような色香はすっかり消えてしまっている。ちょっと黙ってりゃ良かったかな。彼は新しい世界、あるいは珍種の生き物を逃したような、ひどく口惜しい気分になった。
「じゃあさ、聞かせてくれよ。お前は好みの女の子がいたら、どんな風にアプローチするんだ?」
「子供に興味はない」
「・・すごく参考になったよ。じゃあもう一つ、好みの『女』がいたら、どんな風にアプローチするんだ?」
「貴様らは、寄ると触るとそんな話だな」
「ん?」
「あの女も同じような事を訊きやがったぞ」
「はは、そうか。で、何て答えたんだ?」
「答えてないわよね」
「ブルマ!」
 背後から突如落ちてきた声に驚いて振り返ると、飲み物を乗せた丸いトレーを手に、ブルマが立っている。
「は、早かったな」
「あんた、気付いてなかったわけ?」
「そりゃそんなにそろーっと近付かれると・・」
「普通に歩いて来たわよ。最近ちょっと弛んでんじゃない?」
「よ・・余計なお世話だよ」
 すぐ傍らに、意識のほとんどを振り向けずにはいられないびりびりと強大な気があるのだから、彼女の微弱な気配に気付かなくとも無理はないのだ。だが彼女にそんな話など通じはしない。ヤムチャは口を尖らせて口篭りつつ、ブルマが差し出すグラスを受け取った。
「おっ、新しいタンブラー」
「あら、分かる?アルクールの新作よ。きのうママが一式衝動買いしてきたの」
 正確にはタンブラーじゃなくて、ハッピーアワーだけどね。彼女はベジータの前に、ヤムチャに渡したものと同じコーヒーのグラスを置きながら付け加える。朝には少々不向きな感もある重く厚みのあるカッティングが、陽を吸い込んで奥行きのある輝きを放った。
「さすがヤムチャね。細かいとこに気が付くわ」
「そ、そうか?まあな、オレはなんつっても・・」
「そりゃモテるはずよねえ。マメで、細やかで」
「・・・ブルマ?」
 何だか話の方向がおかしい。助け舟を求めたつもりはないが、彼は思わずベジータの方に視線を泳がせる。男は、はや半分ほど干したグラスの向こうから彼をちらりと見遣ったが、すぐに自分の口の中に滑り込んできた氷の方に意識を遣ってしまった。
「いいのよ、別に。あんたがどこで誰とどんな風にいちゃいちゃしてようと、あたしは気にしないわ」
「ブルマ、だからそれは・・」
「でもね、だったらあたしが誰とどこで何してようと、あんたも口出ししないで頂戴よね」
「だったらって、お前そんな・・」
「ね、ベジータ」
 彼女はそう言うと、がりがりと氷を噛み砕いていたベジータの方に、意味有り気に目配せしてみせた。彼らの視線が絡む。男の口中で氷が音を失うまでの数秒間、二人は互いから目を逸らさないままだった。


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