樹海(1)

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 冷たい曇天の下、樹海の間道を進む彼ら一行を薄霧が包み始めていた。雨が近いらしく、緑の匂いが濃く漂っている。既に半ばが破壊されてはいたが、寒気の中でも黒々茂る森はこの星の豊かさの象徴だった。
「荒い」
 睨むようにして前方を見据えながら、王がこの度の遠征について不満を口にした。戦時は極端に言葉数が少なくなる。
「再度、指揮官達に左様伝えまする。環境を構成するものは壊さぬようにと」
 半歩ほど遅れて従う王弟が、穏やかな声音でそう答えた。そうした王の意をほぼ完全に汲めるのは、彼と、あとは参謀長ほどのものである。それが出来ぬ者には大抵拳が飛んでくるので(悪くすれば命を取られる)、戦時、王の周辺は異常に緊張した。
 破壊が過ぎると、その分星の資産価値は下がる。そうして売却の際幾度も苦い思いをしてきたというのに、兵士どもの破壊癖はなかなか抜けなかった。彼らの戦闘本能は理屈や理性で抑え切ることのできるものではないから、無理のない部分もある。度過ぎた行動があっても、特に若い兵士の場合などは目を瞑らざるを得ない事も多かった。
「忌々しいことよ」
 と続いて王が吐き捨てたのは、この星の原住民についての感想だった。使う兵器の中には油断できない性能を有するものもあったが、平均的に身体が小さく戦闘能力もさして高くはない、彼らにとっては弱小種の類である。が、とにかく数が多いのだ。処分しても処分しても、湧いて出るように現れては彼らの行く手を阻む。
「兵士達も苦労している模様です。植物などは出来るだけ焼かぬようにと命じておりますが、あのように細かく動き回られたのでは、標的の位置を絞り込むことからして難しゅうございましょう」
 背後でそう宥める弟の言葉に、王は深々と溜息を落とした。酷くストレスが溜まっているのだ。じりじり、のろのろとした戦いを好まないのは、サイヤ人なら皆同じであった。
「相手を致せ」
 楕円形に樹木が剥げてぽっかり開けた場所に出た時、その半ば辺りで突然立ち止まり、王が弟にそう命じた。発散したいから相手になれ、と要求しているらしい。
「しかし・・・陛下、ここは戦地です。敵や味方に妙な憶測を呼びは致しますまいか」
 彼らは、近くの衛星で待機する母船に戻るべく一旦本陣を離れ、王弟の近侍十数名を連れて子機の発着場に向かっているところであった。遠隔操作で呼ぶことも出来たが、飛行中にミサイルなどで打ち落とされる危険を避けたのである。臨時の発着場は、一個師団に守らせていた。
「良い、せよ」
 短く遮り、王は前方を守る近侍達の二本の隊列を割り、さっさと遠ざかってゆく。
「は・・それでは」
 王が間合いを取り始めているからには、もうこれ以上制止も進言も出来ない。彼は兄の背に一礼し、来た道を戻り始めた。それほど派手な事にはなるまい、とは考えている。そこには、彼らが存分に身体を動かすに適した空間があるとは言い難かったからだ。本格的にと考えているなら、王は空中を選ぶはずである。軽く身体を動かしたいのだろう。
 長期戦は、指揮中枢にとっては余計に始末が悪いのだ。末端の兵士達とは違う意味で疲労が募るうえ、敵の戦闘レベルが低い場合は運動不足も深刻であった。そういった意味で、こんな過酷な遠征も珍しい。王弟にとっても、正直渡りに舟ではあったのだ。彼らのレベルになると、相手を務められる者もそういない。
 近侍らが遠巻きにする中、彼らは程良い距離を置いて対峙した。王がふわりと右手を持ち上げながら腰を落とし、左脇を開く。一拍置き、鏡に映したように王弟が同じ動きを見せた。
「美しい」
 近侍の一人が、唸るように呟く。奇妙に的を射た表現だ、と隣の同僚が頷いた。血生臭さの滲む優雅とでも言おうか、彼ら兄弟の平時の所作には、重々しくも洗練された空気がある。訓練して体得したのか、生まれながらに持ち合わせたものかは判然としない。とまれ彼らはその個性によって、サイヤ人の―特に男の―価値観に新境地を拓いた。
「そうだとも、勇猛さだけが我々の売りでははない。サイヤ人は特別なのだ」
 野生の動物だけが持つ、生物としての圧倒的な存在感。肉厚でしなやかな美しさ。通常は高度な知性の獲得と引き換えに人類が失うそれを、サイヤ人は持ち続けている。この二人は、姿を見せるだけで人々にその思いを強く喚起するのである。我々は選ばれた種族なのだと。この宇宙に生まれた、一つの奇跡なのだと。
「おい、私語は慎め。始まるぞ」
 だがいざ戦闘となれば、誰より鋭い攻撃を繰り出す二人でもあった。持ち上げた右手を、一瞬で引き絞る。それを合図に、彼らの筋肉は鉄の鎧のごとく硬く変質する。
「来よ」
「参ります」
 と交わした直後、彼らは近侍達の視界から消えた。



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