二十八度目の満月 (3)

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 ベジータが良くない状況にあることが確実ではない以上、世界中の候補地を巡るというのも現実的な話ではなかった。ブルマは、彼が野外トレーニングの場所として選びそうなところに目星をつけて近辺を廻ってみたが、それらの地に彼の痕跡を見出すことは出来なかった。
 あいつ、いっつもそんな遠いとこまで行ってんのかしら。
 最近の破壊痕は無くとも、古いものが残っていても良さそうなものなのに。彼女は、彼が身に着けるプロテクターにでも追尾装置を付けておくのだったと後悔した。
 丸二日を掛けて上空からベジータを探したが、彼を見つけることは出来なかった。
 何やってんのかしら、あたし。
 探し当てたところで、十中八九何事も起こっていない。何だ、何しに来やがった。そう言って鼻を鳴らすに決まっている。
 バカみたい。無事に決まっているのに、それをわざわざ確認したいだなんて。そんなことの為に、二日も潰すだなんて。
 帰ろ。彼女はジェットフライヤーを旋回させた。

 彼女は夜になってカプセル・コーポに辿り着いた。フライヤーから降りると、冴えた外気が肌を刺した。彼女は身震いし、足早に玄関へと向かう。
 彼女の新作の重力室が、冬の満月に照らされて丸く光っていた。立ち止まり、しばし見惚れた。綺麗だと思った。用など無かったが、足はそちらへ向かっていた。窓に明りは見えない。そこに誰もいないと分かっていたが、扉を開いた。無機質な匂いが流れ出た。部屋の空気は、冷たかった。足を踏み入れた。その内部の暗闇は、そこに灯りがあるより、却って空虚を和らげたかもしれなかった。
 ここは、彼へと続く唯一の場所なのだった。そして彼と彼女を結ぶ、ただひとつの。

 バスルームを出て、青いローブを身に着けると、冷蔵庫から飲み物を取り出し、彼女は鏡台の前に腰掛けた。夕食を摂っていないが、空腹は感じなかった。
 すこし痩せたような気がする。もともと小さな顔が、引き締まってもっと小さく見えた。ローブを開いて確認する。そこには変わらず形の良い、柔らかそうな身体があったが、鎖骨の浮き上がりが以前よりくっきりしているように感じられた。指先を、鈍く光る肩から乳房の丘へ、そして腹の括れへと滑らせる。
 成熟し、絶頂期を迎えようとするその肉体の、まろみを帯びた美しさ。彼女は目を見張った。自分が魅力的であることは知っていた。だが、これほどまでに官能に訴えかけるものを持っていただろうか。彼女は、目の前にある食欲をそそる肉体を、自身の舌と唇で味わってみたいという倒錯的な衝動にさえ駆られた。柔らかな二の腕に指を滑らせる。肘から、肩へ。自然に、瞼が下りた。
 それがベジータの指先に変わり、首筋に歯が立てられる感触が肌を走った。刹那、自身の内部が収縮するのを感じ、彼女は目を開く。
 なに、今の。
 彼女は我に返り、急いでバスローブの前を合わせ、紐を結んだ。
 何なのあたし。最近ちょっとおかしいわよ。
 彼女は子供ではなかった。自分がどこへ向かって走り出そうとしているのか、本当に解らない訳ではなかった。だが、認めたくなかった。
 ちょっと歩いて頭を冷やそう。そう思い、邸内を散歩するため廊下へ出た。生乾きの後れ毛が項に落ちて、鬱陶しかった。



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