親愛なる者へ(2)

 1  3  Gallery  Novels Menu  Back  Next

 常と変わらぬ健啖家振りを見せつけ、男は彼女をあきれさせた。
 サイヤ人って、気分と食欲に繋がりがないんだわ。
 彼女は彼の正面に腰掛け、ダイニングテーブルの上でみるみる空になってゆく幾枚もの皿を眺めた。次々に重ね上げられて山になったそれらを崩れる前に台所へ運ぶために、給仕ロボットが忙しく動き回っている。
「あ」
 彼女は、自分が手掛けた料理の皿が引き寄せられるのを見て、思わず小さく声を上げた。
「何だ」
「―ううん、何でもない」
「・・変な女だ」
 呟いて、男は皿の中身を口にする。
「―」
 一瞬、動きを止めた。だが彼はすぐに元通りに手を動かし、それを黙々と口に運ぶ。
「―どう?」
 あっという間に最後の二口ほどを残すだけになった皿と、男の顔を見比べながら、彼女はおそるおそる訊ねる。
「どう、とは」
「だ、だからさ―味は―」
「どうやら食い物のようだな」
「・・それ、あたしが作ったのよ」
「知ってる」
「分かるの?」
「独特だからな」
 男は空になった皿を押しやり、最後の料理を引き寄せながら言った。
「独特・・」
 やはり、旨いものではないのだ。この男は嘘をつかない。少なくとも必要でない嘘は。
「あたしにしては上手く出来たと思ったんだけどさ」
 男は聞いているのかいないのか、最後の一皿をはや六割方空にしている。
「トランクスは褒めてくれたのよ」
「だろうな」
 奴は弁(わきま)えてる。全てを胃に収め、食事の後いつもそうするように側らのナプキンでぐいと口元を拭い、男は息を吐き出しながら言った。その言葉に、彼女は彼らが神殿の一室で一年を共に過ごしたことを思い出す。
「そっか、あんたあの子と一緒に住んでたんだっけ」
「必要に迫られてのことだ」
「どうだった?」
「何が」
「あの子がよ、どんな感じだったの、一年」
「・・さあな。ほとんど一緒には居なかった。良くは知らん」
「勿体ぶっちゃって。『弁えてる』んじゃなかったの」
「知るか」
「でもあの子、あんたのことすごく好きみたいじゃない」
「―気色の悪い言い方をするな」
「夕食の時もさ、あんたが居なくて寂しがってたわよ」
「・・ふん」
「明日は見送ってやりなさい、帰っちゃうんだから」
「余計な気は回さんでいい」
 小さく吐き捨て、男は立ち上がった。ダイニングを出てゆく後姿を追うように、彼女は声を掛ける。
「顔見せるだけでもいいから、来てあげなさいよ」


 明りを消そうとリビングに立ち寄った。ソファの上に脱ぎ捨てられたプロテクターが目に入る。腰を下ろし、手に取った。極限まで軽量化したもので、製作者である彼女も満足できる仕上がりだったのだが、持ち上げたそれは何故か重く感じられた。
 ほとんど傷んではいなかったが、所々に血の擦れと思われる汚れが見えた。心臓が、ずきりと重く一拍する。
 怪我してたのかしら。
 口元にかすり傷のようなものがある他は、傷らしい傷は見当たらないように思ったのだが。腹などを殴られて吐血したのかもしれない。彼女の脳裏に、激しいトレーニングでしばしば傷を負い、血を流していたかつての彼の姿が浮かんだ。
 いやだ。
 肺を掴まれたような息苦しさを覚え、腕の中の鎧を胸に押し付ける。
 あの頃の彼を、痛みを伴わずに思い出すことは出来ない。肉体も精神も極限まで追いつめられ、いつ崩壊してもおかしくない状態だった。彼だからからこそ耐え抜けたのだ、と思う。彼でなければああまで自分を追い込みもすまいが―
 ベジータ。
 哀れだった。そこまでして越えようとした相手は、彼ではなく、あの世を選んだ。彼を満たすことは永久に無いまま、一人逝ってしまったのだ。
 厳しく静かな表の内側に沈めた、ひき毟られるような心中を思う。空(くう)を掻くような虚しさを、思う。
 孫君。
 大切な友人。最も信頼し、様々な場面で共に泣き、喜んだ。かつて、強くて無邪気な少年だった彼。最後まで無邪気なまま、酷い罪を犯した。
 ひどい奴よ、あんた。
 涙が出た。それは彼女の手を伝い、ベジータの身体を守った鎧に落ちた。


 1  3  Gallery  Novels Menu  Back  Next