親愛なる者へ(1)

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 もうすぐ日付が変わる。
「さて」
 ブルマは操作盤を手に立ち上がり、家人達が引き払ったリビングの照明を半分の明るさに落とした。
 戻るのなら、そろそろだ。彼女が帰りを待っている男にとっては薄暗い方が良いだろう。日常的にそれを好むような所があったし、少なくとも今は明るい気分ではないはずだ。
 窓に近付き、男を迎える薄い隙間を作る。ソファに腰を下ろすと、死んだと聞かされた友の顔が浮かんだ。
 再生を拒んだという。どのみち彼に甦る方法があったかは分からないが、自らその選択肢を放棄したのだと。
 それがこの星、ひいてはこの世界のため。
 そういう理由を付したというが、彼女にはどうもしっくり来ない。その後に付け足したという「あの世の強者達との戦い」が主たる理由だという方がまだ馴染む。いや、きっとそうに違いないだろうとさえ思えてくる。
 勝手だわ。
 この状況で彼についてそんな風に考えるべきではない、とは思う。だが彼女の脳裏には、彼の妻の、未亡人と呼ぶには痛々しい少女のような顔がちらつき、悼みや悲しみの涙よりも、やりきれなさに溜息が零れてしまうのだ。
 男は勝手だ。
 だが結局女はそれを受け入れる。自分も例に漏れない。今帰りを待っている男も相当なものだ。いや、ある意味あれ以上は無いと言っていい。
 しかし彼女は、自分にはむしろその身勝手さを愛しんでいるようなところがあると知っていた。しょっちゅう、腹は立てる。だがあの男のそれは彼女を失望させる種類のものだったことは一度もない。


 ことん、と小さな物音がして、浅い眠りから引き戻された。
 やだ、寝ちゃった。
 気配を感じ、はっと目を上げると、居眠りしている間に部屋に入ってきたのだろう、胸の前で腕を組んだいつものポーズで、窓際にベジータが立っている。
「何をしている」
 あまりの質問に、一瞬彼女は彼がとぼけているのかと思った。
「・・・あんたを待ってたのよ」
「何故だ」
「何故?」
「いつもそんな真似はしないだろう」
 つかつかと靴音を立てて近付き、彼は彼女の正面にあるソファに腰を下ろした。
「いつもって・・そりゃいつもは無事に帰るに決まってるんだし・・」
「今日は違うと言うのか」
 連中は何も言わなかったのか、と上半身からプロテクターを外しながら男が訊ねる。心配されることにはもう慣れたようだ。彼女が息子や彼女の仲間達から自分のことを聞きだしているはずだと読んでいる。
「あんたは別行動だってことだけ聞いたわ」
 だがそれは聞くまでもなく予想のついていたことだ。
「なら充分だろう」
 生きている。ここへ辿り着くだけの力が残っている。それだけ分かれば、ということか。
 だが、確信が持てなかった。生きてさえいればここへ戻ってくる、という確信が。それに人伝にではなく、自ら無事を確認したいと思うのが人情というものだろう。しかし、この男がそれを理解出来ないだろうことは分かっていた。
 彼女が黙っていると、男はふんと鼻を鳴らして立ち上がり、宣言する。
「飯を食う」


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