・・くそ、覚悟してたけど、本人の口から言われるとやっぱキツイな。
のろのろと、ギブソンを口元に運ぶ。
ブルマ。お前、気付いてないのか。否定になってなかったぞ。―いや、はっきり肯定したと言うべきかも。まあ、なんにしてもオレが悪いってことになっちまったみたいだな。いいんだけどさ、そんなこと。
窓の外には、遥か遠くまで大小の光が散りばめられていた。いつの間にか雪がちらついている。
この分だと、ホワイトクリスマスかもな。彼は、今日という日をドラマティックに盛り上げる白い役者を、複雑な心持で眺めた。
本当はずっと以前から分かっていたのだと、彼は思う。
あの二人は、強く惹かれ合っている。男の方は自分で気付いて無い可能性が高いが。いや、彼女も自覚してないのかもしれない。自覚があって尚隠せるほど、彼女は器用ではない。
いや、隠せてないか。でも、きっと分かってないな。
昼間の、彼女の様子を思い出す。ウインドショッピングの最中、服や靴、家具に至るまで、デザインはそっちのけで布地や素材を観察して回っていた。彼女の頭の中が今取り組んでいる戦闘服の改良のことで一杯になっているのは彼の目には明白だった。
『ひらめきなのよ、こういうのは』
ぶつぶつ言いながらうろうろ売場を歩き回る彼女は、もはや彼の知っているブルマではなかった。
彼女は彼に何着かの高級な洋服をプレゼントしてくれたが、別の店で、彼より一回り小さいサイズの室内着を大量に買い込んでいた。あいつ一日に何回もシャワー使うじゃない。その都度用意しなきゃいけないから、回転が速いでしょ。すぐ駄目にしちゃうのよね。全く、世話が焼けるったら。内容は文句のはずなのだが、その声色はどこか楽しそうだった。
(・・分かりやすい女だよなあ)
自分でもそれは知ってると思うけど。ベジータはちょっと難しいけどな。
気付いてるか。あいつはお前のことだけは無視しないんだ。親父さんやお袋さんとは、用があれば話をするってだけだし、プーアルやウーロンに至っては存在に気付いてるのかどうかも怪しいもんだ。オレは・・まあ、お前の付属物位には認識されてるかもな。でもあいつ、お前とはくだらないことでも大喧嘩をやってみせるもんな。怒鳴り合いが出来るのは、あいつに存在を認められてるからなんだぜ。口じゃ酷くこき下ろすけど―下品で喧しくて野次馬で、ってな―あいつはどこかお前に一目置いてるんだよ。強くて、賢い女だってな。でも、多分それだけじゃない。
己の勘の良さを呪いたくなる。彼には感じ取れてしまうのだ。おい、女。そう呼びかける声に滲む、僅かな柔らかさ。彼女と言い争っているときの、一種面白がっているような響き。自分を気遣う彼女の手を振り払うときの微妙な力加減。露出の大きい彼女の服装に対して吐き捨てる言葉の意味。
最近は毎日死ぬほど殺気立って重力室に篭りっ放しで、ちょっと以前と事情が違ってるけどな。でももう、時間の問題だって気がするよ。
「あーあ」
オレなんで『仲直り出来るかも』なんて思ったんだ?
そのとき、部屋の扉がノックされた。彼が応答すると、黒服に身を包んだボーイが入室し、きびきびと彼に近付いてきた。
「先ほどお連れ様がお帰りになられる際に、お言付がございまして。お好きなメニューでお食事をして頂きますように、とお申し付け頂いております」
とメニューを差し出される。
食事なんて気分じゃないんだけど、ここで断ったら、なんか店側が気の毒だしな・・・よし、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうじゃないか。オレは今日最高に損な役回りだったんだもんな。
一人で頷いてメニューを受け取り、彼は革張りの表紙を開いた。