黄昏(2)

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「刻限は?」
 静かに立ち上がりながら、彼女は出撃のタイミングについて訊ねた。
「向こうの月の出頃がよかろう。明日は満月だ」
 王もまた優美な動作でゆったりと立ち上がり、軽く草を払って答える。月はサイヤの戦神である。空に無くとも、王にならば作ることもできた。それにしても、
(焼け石に水ではある)
 とは思う。だが敵わぬまでも、せめて散り際はサイヤ人らしくありたいと王は考えているのだろう。彼自身のために。彼と、彼の帝国に命を捧げる臣下達のために。滅び行く我が子らへの、民へのはなむけのために。獣形になってしまうと、華々しさからはほど遠い、美的に随分と劣った姿になってしまうのが難ではあったけれど―
「隊形は?」
「隊形?」
 続く彼女の言葉に、王はちょっと驚いたように目を見張り、それから僅かに頬を歪めた。そうしながら、また伏目になる。この人はこうして最後までわたくしを惑わせるおつもりなのか、と目を逸らすことも出来ずに彼女は眉を顰めた。
「大人数で押しかける訳ではないのだ、考える必要はない」
「何人ほど伴われるお心積もりなのです」
「そうよな、明かしたのはまだ大臣一人だが、重臣どもとその手回りといった所だろう。両の手指では足りぬ程度だと思うが」
「残りは?」
「この星にて、余の最期を聞くだろう」
 それから、と続けようとして王は口をつぐんだ。后も、それ以上は訊かなかった。彼らはただ残照の中、黄昏れゆく空をみつめた。
 それから、押し寄せてくるフリーザ軍と戦う。そして全滅するのだろう。最後の一兵が倒れるまで、血がその身から一滴も零れなくなるまで、きっと戦い続ける。彼らはサイヤ人であった。命は奪えても、その誇りだけは誰にも奪えない。フリーザでさえも。
 大人数を伴わないのは、彼らがこの話を俄かには信じないと思われるからであろう。時間を掛けて説得などしていたのでは、先方に勘付かれてしまう。急襲でなければ意味が無いのだ。
 サイヤ人の大多数は、フリーザを素晴らしい取引先だとしか考えていない。実情に気付いているのは、相手方と直接交渉を持つことのある指揮官クラスの一握りであり、その彼らですら、サイヤ人の置かれている状況を本当に理解しているとは言い難かった。そうした指揮官、王族や貴族達の中に、この状況に甘んずる事を良しとせぬ不満分子が生まれ、近年反乱が立て続いているというのが何よりの証拠だ。一族の置かれた難しい立場を弁えていたなら、王に反旗を翻している場合ではないと気付くはずだからである。それらクーデターの悉くは、『反王・反フリーザ』を掲げているというから、まったくお笑い種であった。
 鎮圧は、苛烈を極めた。
 反逆者を、王はただの一人も見逃そうとはしなかった。捕縛した者は、主導した王族から扇動された下級戦士に至るまで同列に扱い(絶対的な階級制を敷くサイヤ社会に於いては極めて異例のことである)、車裂や串刺しなど、殺戮に慣れたサイヤ人達でも目を覆うような野蛮な方法で次々と公開刑に処した。それがたとえ十三の子供であろうと妊娠中の女であろうと、彼は全く斟酌しようとしなかった。
『そなたにも、解らぬか』
 もう少し御配慮あそばしては―そう意見した彼女を振り返った王の目は、赤く底光っていた。
(き、狂された)
 と本気で恐怖した。その赤が背後に広がる狂気じみた光景と重なり、膝が震えた。
『解らぬか。例外などあってはならんのだ』
 かもしれない。かもしれないが、それがためにサイヤ人は一時その人口の実に二十分の一を失う事態に陥った。それでも彼が暴君と呼ばれなかった理由は、その裁決が枝葉に至るまで公平だったから、という一事に尽きる。
(・・孤独なお方よ)
 真実を明かす事は出来ない。滅亡を早めるだけだからだ。そして誰に理解されなくとも、彼は進まねばならぬ。
 それも明日で終わる、か。
 だがその死と共に、真実は葬り去られるだろう。彼の孤独は、遂に癒える事はない。
 あの子は―
 生き延びるだろうか。彼女は、赤ん坊の頃突き放した息子の事を思った。
 お可哀想な王子様。
 子を顧みようともしない彼女の背後で、女官達が囁いていた事を知っている。
 彼女は恐れた。我が子を、である。ただもう、恐ろしかった。



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