薔薇の追憶 (5)

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「随分弱々しいんだな、昏倒とは。死んでも責任は持たんぞ」
 小振りな応接間に通され、今度は幾分年季の入った女が運んできた飲み物に手を付けようともせず、優美な曲線で構成されたソファの上でベジータは顔を顰めた。
「いえいえ、虚弱では務まりません。彼女は健康ですよ。先程申しておりましたでしょう、ちょっと昂っておりますのです」
「昂る?」
「とは申しましてもどうぞお手柔らかに。サイヤの方々の御壮健振りは存じておりますゆえ」
「ナッパか」
「いいえ。失礼ながら、あのお方は当館でお過ごし頂ける方ではございません」
「何故だ」
「御性情的にふさわしい方ではないからです」
「―ふん、なるほど」
「それに幾分積んで頂く必要がございます。先の館であれば、こちら程ではありませんが。御身分的にも難しいでしょうね。この度も随分御無理をなさった御様子でしたよ」
 御自分をよく抑え、こちらのやり方に準じて下さいました。あなたさまを大切に思われている証拠です。ルブは言い、開きかけの青い花を象ったようなカップの中、ほわりと湯気を上げている白い飲み物に口を付けた。
「良い御家来でございますよ」
「家来、な。貴様、何をどこまで知っている?奴は俺の事を何と言って説明したんだ」
「何もかも存じておりますよ、殿下」
「――」
「どうぞお召し上がり下さい。なかなか美味いのですよ、これは」
 気分がほぐれる効果もございますし。ルブは彼の目から視線を逸らさないまま飲み物を勧める。
「・・・気に入らんな」
「何がです?飲み物の色がお気に召しませなんだか」
「こんなところに引き出された事も、貴様のその訳知り顔も、全部だ。思い違いをするなよ、俺は意に染まんと思えば何もかもぶち壊して殺しまくるぞ」
 そのなんとかいう娼婦も、貴様も、誰もかれも一人残らずだ。だが低い恫喝にもルブは動じず、そうでしょうね、と静かに言っただけだった。
「殿下、死を恐れていたのでは存分に生きる事は適いません。あなたのお父上が仰った事です」
「――なんだと」
「御生前は随分と贔屓にして頂きました」
 カップを受け皿に戻しながら、ルブはゆっくりと瞬きする。睫毛まで真っ白だった。
「先程この館の娘達について少しお話致しましたが、ヴァイオラだけは例外です。彼女は、あなたの父上様の手で開かれ、育て上げられた花なのでございます。ヴァイオラという名も王陛下に頂戴致しました」
「――」
「陛下は、折を見て彼女を側にお召しになるお心積もりでおられたようでした。つまり側妾です。実行なさる前に、惑星の消滅という御不幸に遭われてお隠れ遊ばされましたし、御健在であられたところで王后陛下が―あなたの母上様ですが―お許し遊ばされたかどうか分かりませんが」
「――」
「サイヤの王宮では、王陛下の側妾方のどなた様かが、王子に知識と経験をお授けになるのが慣例だったと伺いました。お解りでしょう。そういった事に潔癖であられるあなた様の事で、ナッパ様はそれなりに思い悩んでおられたのですよ。右も左も分からない生娘では話にならない。と言ってあまりにいかがわしい女に高貴の御身を託すなど尚よろしくない事です。そこで思い出されたのですよ、ヴァイオラの事を」
 それからしばらく、ルブは沈黙していた。カップを持ち上げる細く長い指は手入れが行き届いており、うち二本には少々大振りだと感じられる銀色の指輪が嵌められている。その退廃的な光さえなければ、彼(彼女)は娼館の主でも女衒でもなく、それこそどこぞの王族だと名乗っても通りそうだった。
「陛下がお隠れになられたときは大変でした」
 白い彫像のような手指にしげしげと見入っていたベジータは、ぽつりと響いた言葉に目を上げる。
「ヴァイオラが、それはもうひどい嘆きようだったのです。だから迷ったのですよ、今度の事も。王陛下の御子息を目にしてしまったのでは、またぞろ昔の事を思い出すのではないかと。でもねえ、当の本人の強い希望がありまして」
 白い睫毛を上げ、ルブはまっすぐ彼をみつめた。室内の明るい照明の下、決して内心を見せないその瞳の色は緑掛かった灰色だった事が判明する。
「よく似ておいでだ」
 ルブは低く呟いた。微かに細められた目の色は、こころもち暗く感じられる。
「御容貌も、仰り様も」
 瞼を伏せながら僅かに俯く。真っ白な肌に影が射し、端正な目鼻立ちが強調された。


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