薔薇の追憶 (4)

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 広い石段を上がり、玄関を潜ると、外の喧騒とはまるで違う世界が広がっていた。
「どうぞ」
 乳白色の天井や柱は内側からうっすらと光を発しており、パロモ第8惑星でしか採取されないラタ石という高級材で組まれているのだと一目で分かる。床に敷き詰められた緋絨毯には独特の艶があり、贅を凝らした織物なのだと知れた。
「そういやぶっ壊すばっかりで、こういうモンをちゃんと見たことなかったな」
 様々な宝石で装飾の施されたシャンデリアをぽかんと口を開けて眺めながら、ラディッツがぼそりと呟く。
「大変なお仕事でございますね」
 ルブは肩越しにちょっと振り返り、そつ無く声を掛けた。いやあ、趣味と実益を兼ねてるんだ。がははと笑ったナッパにも、なるほど、と愛想よく返す。
「お二方はこちらでお待ち下さい」
 ルブはホールの中央辺りで立ち止まり、そこにあった大きなソファを白い掌で指し示した。奥に、もう一つ扉がある。そこを潜る事が出来るのは、その夜の特別な客として認められた人間だけなのだと言う。
「おいおい、俺達ゃ待ち惚けか?」
「ふふ、よろしければ他の娘達がお相手させて頂けますが」
「そう来なくちゃ」
「うちの娘達はみな最高級です。高うございますよ」
「・・・・・」
 『暴れられたら困る』とでも思うのだろう、サイヤ人だというだけで大抵の事は罷り通ってしまう。だがこの白い館の主の柔らかな物腰にはまるで隙が無い。護衛のひとりすら目につくところにはいなかったが、それは却って天下御免の乱暴者として通るかれらをも黙らせる強(こわ)さのようなものを感じさせた。
「ちぇ」
 仕方ねえ、外で物色して来るさ。零しながらも、ナッパは奥に進む彼らを大人しく見送る。いやあなかなか良い座り心地だぜ、俺は暫くここで寛がせてもらってからにするかな。彼の隣でラディッツが白いソファにどさりと腰を下ろし、心地良さ気に伸びをした。


 白い館は、いわば境壁のようなものだったらしい。扉のむこうは、林の広がる内庭だった。奥の小高い丘の上に建物が見える。どうやらそこが本丸らしかった。
「お相手を務めますヴァイオラは、この星一の高級娼婦でございます」
「お相手頂くとは限らん。会って話を聞いてくれというから来てやったまでだ」
 実際、興味があった。何故この自分を知っているのか、『心待ちにしていた』とはどういう意味なのか。だが殊更丁寧に強調した彼に、勿体無い事を、とルブは笑う。
「あなたさまの筆下ろしにと、ナッパ様が何度も御足労下さいましたのに」
「ふ・・」
 ベジータは絶句したが、ルブは素知らぬ顔で歩き始めた。林の中に続く道の両端に、延々と火が置かれている。何を燃料にしているのか、その静かな炎は紫掛かった白色(はくしょく)だった。
「憶測で物を言うな。あいつも、貴様もだ」
 無礼な。ベジータは努めて冷静に言ったが、頬に血が上ってくるのはどうしようもなかった。ほんのりとした薄暗さを有難いと感じずにはいられない。
「無礼でございましたか。どなた様にも、どんな事にも初めてという日がございますでしょうに」
 立ち止まって振り返り、ルブが真面目な顔で返した。炎の微かな揺れにちらちらする白い顔を睨みながら、ベジータはそれでも林の中に足を踏み入れる。
「だいたい貴様は何者だ。この館の主らしいが、男なのか、女なのか」
「男であり、女でもある、と申し上げておきましょう」
 ルブは彼を先導しながら答えた。大した問題ではございますまい、と小さく笑い、話題を変える。
「先に通って参りました館には30人余りの娘達がおります」
「先の館?奥のあれにじゃないのか」
 丘の上の館を顎で差しながら言ったベジータに、ルブはいいえと頭(かぶり)を振る。
「あれはヴァイオラの館でございます。彼女の他に娼はおりません」
「一人も見掛けなかったが」
「そう易々と姿をお見せする訳には参りません。吐く息一つすら商品でございますゆえ」
「ふん。お高い事だ」
 たかだか娼婦の分際で。吐き捨てた彼の言葉に、ルブが再び立ち止まって振り返る。
「彼女達は、殿方に最高の快楽を提供する事の出来るプロフェッショナルなのです。男性であるあなたさまがその様に仰られますのは間違いですぞ」
 うんと幼い頃を除けば、間違っている、と彼に向かって口にした事があるのはフリーザとその側近達くらいだった。彼の虫の居所が悪ければ命を失いかねないその危うさに気付いているのかいないのか、白い人はそれだけ言うとまた歩き始めた。
「ふん」
 ベジータは再び鼻を鳴らして細長い背に続く。不思議と腹は立たなかった。この人物の言葉には妙な説得力がある。
「彼女達は皆、私が手ずから育て上げ、最高の技術を仕込んでございます」
「じゃあ男なんだな」
「ふふ、拘られますなあ。別に男にしか出来ない事でもないだろうと思いますが」
「もう一つ解(げ)せんことがある。外の女達が貴様を見て跪いたのは何故だ。貴様はこの娼家街の元締でもやってるのか」
「ここにはそういう者はいないのです。自治自衛が行き届いておりますのでしょう。普通こういった場所には必ずそういうやくざ紛いの者が蔓延るものだと聞きますがね」
 どういう理由でかは分からないが、この人物の存在がそれを可能にしているという事なのかもしれない。女達の様からはそうした事情が読み取れた。
 程無く丘の上の館に到着し、一人で住まうには随分広いのではないかと思われるその瀟洒な建物の玄関を潜る。仕掛けがあるのだろう、扉が閉まると同時に、随分薄暗いと感じられた照明がぱっと明度を増した。眩しさに一瞬目を閉じ、ゆるゆると瞼を上げると、いつのまにやら小さな童女が彼らの前に立っている。
「・・・おい、まさかこ」
「この子は彼女の見習いの一人です。身の周りの世話なども致しますが」
 童女が胸の前で手を重ねて腰を折り、肩の辺りで切り揃えた黒髪を揺らしつつ彼らに挨拶した。
「女主(あるじ)はどうしたね」
「今朝から浮き足立っているのです。お部屋でお迎え致します失礼をお許し下さいと申しておりました。寝台が傍に無いと、昏倒してしまったとき余計に御迷惑だからと」
「なるほど」
 ではね、いよいよお越しだと伝えて来ておくれ。ルブは童女の頭を撫でて優しく言った。


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