薔薇の追憶 (26)

 Gallery  Novels Menu  地下室TOP  目次  Back  Next

『彼女は何と?』
『爆発の直前、星の真傍に突如大きな熱量を持つ球体が現れるのが観測されたのだ、と申しました。履歴が残るので出力や複写は念のため避けたようですが、彼女の従弟だという人がデータを調べたところ、確かにそういう事実を示す数値が見られたのだと』
『ふむ、賢明でしたな』
『賢明?』
『控えを取らなかった事ですよ』
 老爺はテーブルの上の水差しを手に取り、小さなグラスに少しだけ注いで口を湿らせました。この度はあらかじめ用意して下さっていたようで、わたくしの前には、席に着くと殆ど同時に運ばれてきたフェルナンドのデキャンタと細足のグラスが置かれてありましたが、どうしても手を付ける気にはなれないでおりました。
『それから?彼女はまだ何か言いましたか』
『・・・いいえ。それが何なのかまでは特定する事が出来ないが、ともかく惑星ベジータの終焉には非常に疑わしい何かがあるのだ、とだけ申しておりました。他にも何か知っていたかもしれませんが、後は自分で調べさせようとしたのでしょうね、彼女は何としてもわたくしを部屋から引っ張り出したいと思っていたのですわ』
『なるほど。で、あなたの御意見は?』
『わかりません。大きな熱量の球とは何なのでしょう。宇宙にはそういうものがいきなり出現する事があるのでしょうか』
『無いとは言い切れないでしょうな。かの漆黒の大海原では、解けば解くほど新しい謎が姿を現すのですから。しかしこの場合は説明がつかない訳でもありません。可能性にすぎないが』


「彼は、それが人為的なものであった可能性について示唆したのです」
 彼の足指を前後にほぐしながら女が言い、綺麗なアーチですねと呟いてソールの部分を手指の先でそっとなぞった。
(見掛けによらんな)
 ふくらはぎから腿の裏を、女の細い腕や華奢な肘が揉んだり押したりしている。彼の逞しい身体を向こうに実に絶妙な力加減だ。浴室で彼の相手を数度も努めた後、倒れもせず普通に立居する様子を見た時も驚いたが―
 ふと、別の感触に気付いた。うつ伏せたままの彼のふくらはぎを、女の乳房が布越しに圧迫している。
(・・なるほど・・・)
 確かにプロだ。多角的に襲ってくる心地良さに、彼は思わず小さな呻きを漏らした。
「彼はこう申しました。『突如現れたその反応が、戦いの際などによく見られるエネルギーボールの巨大なものだと考えれば、無理なく説明がつく』と」
「・・・なんだと」
 半分ほど割り引いて聞いていた上に、快さに少々ぼんやりしていた彼だが (他でもない彼をそんな状態に持ち込んだというだけでも、彼女は只者ではないと言えた)、この台詞で完全に話に引き戻された。
「エネルギーボール?」
「老爺独特の言い回しなのでしょうか。フリーザ軍に属する方などによく見られると聞きましたが、気弾のようなものを発生させる事の出来る方がおいでになるのだとか」
「そうだ。強弱はあるが、まともな戦力になる人間には一般的だ」
「彼は、件のエネルギーの塊とは、そういったものの規模を大きくしたものなのではないかと申したのです」


『パターンとしては二つほど考えられましょう。仮説その一、惑星ベジータにおいて行われていた何らかの兵器実験の失敗。だがこれが当っていたとすると、話は非常に厄介になります』
『なぜ?』
『サイヤ人とは、大量破壊兵器には全く興味を抱かない連中だからです。ただ圧し、勝つという事には意味を見出さないのだ。彼らが最も重んじ、また誇りとするのは、屈強な肉体なのです。生物兵器の類はいくつか有しているようだが、兵士の補助として用いられるに過ぎない。その彼らが独自にそういうものを開発しようとしていたとするならば、余程急いで何かを排除しようとしていたのだと考えて良い』
『・・一体』
『何を排そうとしたのでしょうな、あの巨大な星をあっという間に宇宙の塵にしてしまうような兵器で。口に出すのも憚られる気がしますよ、彼らの命じられ嫌いと考え合わせるに・・・』
 反逆、と申して良いのかどうかは判じかねます。わたくしにはサイヤの方々とフリーザとの関係がどういった形のものであったか、直接には存じ上げませんので。けれどその頃、かの星で密やかに拡がり始めていたという反フリーザの気運を思うと、それもありそうな話だと感じました。
『しかしこの説には一つ大きな穴がある。奴の目を掠めて”独自に”そんな強力な兵器を開発する事が、果たして彼らに可能だったかどうか。技術的にもそうだが、何よりあれには全く隙というものがないのだ、実際には難しいでしょうな』
『では・・』
『仮説その二、サイヤ人、あるいは他の誰かが、かの惑星を襲撃した』
『サイヤ人?』
『理屈として可能性ゼロではないという話です。頭の線が切れた連中の起こした、行き過ぎの内乱だったと考えられない訳でもない。だが私もそのエネルギー値のデータを直接目にはしておりませんが、あれがサイヤ人によって作り出されたと考えるのは、彼らの戦闘能力からすると物理的に無理があるという気がします』
『という事は、他の誰かによって襲撃を受けた・・?』
『それが一番妥当な線でしょう。兵器に拠るのか生身でなのか、その辺りははっきりしませんが。だがどちらに拠ったにせよ、あれだけの大規模破壊を引き起こせる武器や力を持つ人物など、限られてくるでしょうな』
『お待ちになって。だとしても一体何の為に?抗われる事を恐れたということですか?』
『かもしれません』
『未だ芽吹いてもいない、しかも少数の叛徒のためにあれだけの働き手を処分すると?サイヤの方々は、彼に高く買われていたのではないのですか』
『兵士としてはね。だが彼らはいつまでも大人しく手足になって働く連中じゃない。前にお話ししましたな、彼らの中に飛び抜けた力を持つ戦士が生まれ、増え始めているのだと。用心深いかの人物が、さっさと先手を打ったとしても何の不思議もありませんよ。それにもう一つ、この仮説を後押しする事実がある。かの爆発と前後して、多くの兵士がフリーザの軍基地から消えているのです』
『どういう事ですか』
『規模にして一個師団ほどの人数ですよ。彼らは行き先も、誰に随行するのかも知らされないまま、大隊、あるいは小隊毎に召集され、船に乗せられたのだそうです。それは多くの兵士が目撃しています。だがその悉くが、二度と基地には戻って来なかった』
『・・・お話が見えてきませんわ』
『彼らはおそらく、彼奴(きゃつ)に伴われたのではないでしょうか。そして、何があったか彼らは全滅した。激しい戦闘の末か、あるいは何かに―例えば、星の爆発です―巻き込まれたのか。そして何より奇妙なのは、この出撃に関する記録が、軍内部のどこにも見当たらないという事なのです』
 殿下、この時老爺の話は「どこにも証拠はない、だが限りなく疑わしい」という種の表現に終始しておりました。すべては想像に過ぎません。どうぞお含み下さいませ。わたくしはと申せば、衝撃でしばらくは言葉もありませんでしたが、仮説ながらも陛下の御最期について窺い知った事で、心の中でどうしても繋がらずにいた点と点が、線で繋がれてゆくような気が致しておりました。
 けれど彼の話はそこで終わりではありませんでした。
『お嬢さん、この事に関してもう一つ囁かれている噂があります。おそらくあなたは知りたいと思われるはずだ』
 もう何を聞いても驚かないだろうと思いながらわたくしは頷き、老爺を促しました。
『例の爆発の際、王は惑星ベジータとは違う場所に居たらしいのです』


 Gallery  Novels Menu  地下室TOP  目次  Back  Next