薔薇の追憶 (20)

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 残念ながら、彼には尾が残っていなかった。
 惜しい事をしたな。
 ベジータは口の片端を微かに持ち上げ、ひっそりと笑みを浮かべた。彼に全身を預けて凭れ掛かっているブルマの白い身体を見下ろす。彼女の柔らかな肌は、彼から受ける刺激に敏感に反応するのだ。あれを使えば、さぞ―
(やばい)
 彼の尾を巻きつけ、のたうって身体を痙攣させる彼女がリアルに頭に浮かび、彼は小さく咳払いした。のぼりつめてゆく彼女の、切羽詰った鳴き声まで聞こえてきそうだ。
「なあに?」
「・・いや」
 不思議そうに彼を見上げた女の目は、未だ濡れて光ってる。さっきまでぐすぐすと鼻をすすっていたのだ。無理もなかった。
(う・・・)
 思わず目を泳がせ、覚られまいと殊更不機嫌そうに眉を顰める彼を見て、ははあと女が目を細めてニヤつき、鼻声のまま彼をからかった。
「何かエッチな事考えてたのね」
 こういう時は逆らわない方が良いと彼は学習していたので、特に否定もせずに沈黙を守る。
「ね、どんな妄想するの?あんたのその手のイマジネーションって興味あるわ」
 しかし正直に話したら、この女は 『尻尾を再生させる薬(あるいは装置)を開発する』 などと言い出しかねないのだ。妙な発明の実験台になって振り回されるなど真っ平だった。
「知りたいか」
「うん」
「じゃあ目を閉じろ」
「やだ、なによ」
「知りたいんだろ」
「・・うん」
 常と違う彼の様子に戸惑ったのだろう、彼女は僅かに躊躇していたが、結局素直に目を閉じた。
「いいと言うまで開くなよ」
 彼は彼女を自分から離し、湯の中からカンツォーネの花弁を拾い上げた。軽く振って水滴を払い、僅かに顎を上げたままの彼女の両瞼に乗せる。
「何?なにしてるの」
「何だと思う」
 くすくすと笑いながら問う彼女に、彼は低く反問する。
「・・・あんた、声が違って聞こえるわ。別人みたい」
「別人かもな」
 一際大きな花びらを選び、表側を下にして女の唇の上に乗せる。瞬間、彼女が下顎を緩めたのが分かった。温められた花唇の感触に、彼の唇が降りてきたのだと思ったのかもしれない。慌てるな。彼は声を立てずに密かに笑い、花びら越しに今度こそ彼女にくちづけた。
「ベジータ」
 厚みのある花片で包むようにしながら、上下の口唇を交互に、そっと咥える。花の香りが強く鼻腔を突いた。びろうどのような表面が滑りを悪くし、彼女の唇の動きを封じている。じれったいのだろう、女がもどかしそうな息を漏らし、触れ合う合間に彼の名を呼んだ。
「ねえ」
「動くな」
 女はいつになく従順だった。彼の命令にびくりと体を震わせ、湯の中で伸ばしかけていた腕を引っ込める。
「俺は誰だ」
「え?」
「答えろ」
「ベジータ・・でしょ」
「本当か」
「どういう意味?」
「今言ってたな、別人のように聞こえると」
「・・・やめて、なんか恐いわ」
 彼は眉根を寄せる女を横目に、今度はしっかりと形を保った一つを拾い上げた。花顔をよくよく観察すると、実に卑猥な姿の中に完璧な美を湛えている。斜めに傾けると、それは彼を誘う唇のような形に表情を変えた。
 仲間がいるぞ、挨拶してやれ。
 彼はその深い赤のかんばせを差し向け、彼女の乳房にキスさせた。頂に突然それを受け止め、彼女ははっと小さく息を飲む。外側の曲線に沿ってゆっくりと移動させると、温かな湯の中で彼女の肌が粟立つのが分かった。
「ね、ちゃんと」
「黙れ」
 直接触れて欲しいと言いかけたのだろうが、彼はぴしゃりとそれを封じた。また一枚花唇を拾い、再び表が触れるように頂にあてがう。擦るようにして指先で嬲ると、肉厚な花片の下でそれが歯痒そうに硬さを増した。
「う・・・」
 彼女は吐息混じりの呻きを漏らし、顔を俯かせた。瞼に乗せた花びらが湯煙の中にはらりと舞い落ちたが、彼女は彼の言いつけどおりしっかりと目を閉じたままだった。
「いい子だ」
 低く囁き、空いている方の手指の背を柔らかな頬に滑らせる。彼女は酸素を求めるように二三度口をぱくぱくさせ、唇をわななかせた。僅かに指先を埋めると、彼女は夢中で舌を絡めてそれに吸い付いてくる。だが身体はじっと動かさなかった。縛られてでもいるかのようだ。血を思わせる赤い花に囚われたようなその姿が、彼の嗜虐心を刺激する。
「欲しいのか」
 刹那、彼女はためらうように動きを止めた。唇から指を引き抜いて湯の中を静かに探ると、爪を食い込ませた握り拳に行き当たる。意識の中で、彼女は本当に縛られているのかもしれない。掌の土手をゆるゆるとなぞって腕の内側を登る彼の指にも、節を強張らせたままでぴくぴくと反応している。
「何とか言ってみろ」
 彼は頬を歪ませて酷薄な笑いを浮かべた。花顔を細やかに動かしながら、固く閉じた女の腋下にその中心を食い込ませる。存外しっかりと硬さのある花弁が、彼の指の代わりにその隙間を捕えた。
「ねえ、ちゃんとしてよ」
 女が身を捩り、眉根を寄せて彼に抗議する。目は、やはり閉じたままだ。
「ちゃんと?何をするんだ」
「・・触るんならもっとちゃんと・・・」
「どこに」
「・・イヤ、もう・・・信じられない」
 あんたホントにベジータなの?女は顔から胸にさっと朱を刷き、俯いて一層身体を強張らせた。その瞳の光に頼らずとも、彼には彼女の驚きと戸惑い、そしてじわじわと湧き上がる快楽への期待が感じ取れる。
「リクエストしてみろよ」
「ば、ばか」
「そうか。じゃあ好きにするさ」
 彼は突き放すように言い、彼女から花顔を離してそれを自分の口元に寄せた。再び花の香りが強くなる。彼女自身の肌も、この香に染められているだろうか。
「確かめてやる」
 彼は彼女の耳元に唇を近付け、息を吐き掛けながら囁いた。肌に付くか付かないかという辺りに鼻先を滑らせながら移動し、先ほど花顔が舐め回していた腋の隙間へ押し付ける。女がひっと息を吸い込み、身体を弾ませた。くつくつ咽喉を鳴らしながら顔を引く彼を追い、わずかに前のめりになる。
「もう、ねえってば」
 彼女の声は、既に要求から懇願に変わっている。彼は女が点火したことを確認し、花顔の外側付近にある一枚を唇に咥えてちぎり取った。ぷつりという音と共に軸から離れた大振りの花弁から、起毛した絹のような表面を転がって水滴が零れ落ちる。
「さあ、どう可愛がってやるかな」
 彼はそれを指に挟んで玩びながら、はや小さく息を弾ませる女を眺め、溜息と笑いを含んだ低い声で呟いた。


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