薔薇の追憶 (14)

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 王弟殿下は、王陛下と共にある惑星への侵攻中に御落命なさったのだ、と老爺は申しました。
『異常とは?』
『王弟の亡くなる現場には、誰一人居合わせなかったのだと言います。それほど分際の高い人間が、手強い敵の居る星ではないとはいえ、普通単独で行動すると思いますか』
『・・・・・』
『何かの理由で一人になる必要があったとしましょう。ですが王弟は、戦いに於いては王に並ぶほどの力を持っていたと申します。馬鹿でかい星でのんびりと数を増やしただけの弱小種に、命を奪われると思いますか。しかも背後からではない、正面からだ。そのうえ光弾跡は一つ。つまり一撃で倒されたという事です』
『それはつまり・・』
『同行していた同族の誰かが、彼の命を奪った可能性が非常に高いという事です。では、誰が?』
『そんな』
『王弟を、誰であれば臣下達から引き離して一人にさせる事が出来ますか。王に次ぐ戦闘能力を持つ彼の命を、誰であれば正面から、一撃で奪えますか』
『そんな、ありえませんわ』
『王弟は明朗快活な性格で、王の事も兄君として敬意を払い、慕っていたと言います。少なくとも表向きはね。気を許していたのなら、力の競る二人であっても絶対にありえないという状況ではありますまい』
『不意打ち・・』
『お嬢さん、これはあくまでも噂です。それは心得ておいて下さい。だが巷では、今もまことしやかに囁かれている話なのです。しかもその後の王の行動が、噂に信憑性を与えてしまった』
『ええ・・・』
『王弟とその妃は―後の王后ですが、非常に夫婦仲が良く、変わり果てた夫と対面した彼女の慟哭は、命というものに対する思いが希薄なサイヤ人の彼らをして、「見るに忍びない」と言わせたと申します。その彼女を、喪も明けないうちに後宮に引き入れたのです。王が請い、彼女がそれを承ったという形をとってはいますがな。滅多に前線に出る事はないが指折りの戦士の一人であり、優れた軍師であった彼女も、王の命には抗えなかったのだ。人はそれを見て何と思うでしょう』
『・・王は彼女をわがものとするため、弟を殺した・・・』
『そう思われても仕方ありますまいな。ただ私個人としては違う見解を持っております』
『どのような?』
『私は少し王を見知っているのですが、彼はそれほど単純な男ではありません。本当にそのつもりなら、王弟の死はもっと自然な形で演出されたであろうし、そんなに急いで彼女を後宮に迎える事もなかったはず。あれでは疑ってくれと言わんばかりではありませんか。力がものを言うサイヤ人社会だ、そうしたことも一般的にはさほど問題にはなりますまい。だがこれは一介の戦士の私闘とは訳が違います』
『ええ』
『王弟を失う事は、軍事的に大きなダメージであるはず。王が軍事よりも色事を取ったという事になれば、力を至上のものとするサイヤ社会における彼の統率力に、翳りが出る恐れもあります。強力なカリスマとして君臨してきた彼が、わざわざそんな危険な賭けに出るでしょうか』
『本当に、仰る通りですわ』
『とするとだ、もし王が弟を殺したのだとするなら他の理由が無ければなりますまい』
『何なのでしょう』
『お気付きなのではないかな。権力闘争ですよ。人の好い仮面の下で、弟君が密かに王位を狙っていたとすれば?そしてその事に勘付いた兄君が、弟を処分する機会を狙っていたのだとすれば?』
『まあ、王弟さまとはそういう方なのですか』
『そういう方も何も、人とはそうしたものですよ、お嬢さん。腹の中など、他人には決して分かりません』
『まあ・・なんだか王がお気の毒ですわ』
『人それぞれ感じ方はあるでしょうよ。腹黒の筆頭は彼だと、私などは思いますがな。ただこの筋書き通りだったとするならば、王弟の裏切りを公表しない理由がよく分かりません。すべては王の勘、あるいは疑心暗鬼の世界であって、反逆を証拠付けるものは何も無かったという事なのかもしれないが・・』
『王御自身は、この一件について何と仰っておられますの』
『すべては単なる噂であり、憶測です。かろうじて事実と言えるのは、王弟が変死したという事と、彼が亡くなったとされる時間のアリバイが王には無いという事です。誰かがこの事で公式に王を攻撃した事は、一度もありません。従って、それに対する彼の声明も出されてはいないのです。ただ、側近の一人に 「余は馬鹿だと思われているらしいぞ」 と漏らしたのを、聞いた人間がいるのだとかいないのだとか』
『まあ。では潔白なのですわ』
『はてさて、これも流言の域を出ませんがな。よしんば本当なのだとしても芝居かもしれず、最初からそれを狙ってわざとああして疑わしい事をしてみせたのかも知れず。彼は非常に厄介で込み入った、用心深い人間です。どんな理由でそうしたにせよ、もし本当に彼が手を下したのだとすれば、もはや証拠は完全に葬り去られて跡形もありますまいよ。そしてもしあなたの仰るように彼が潔白だったのだとすれば、一体誰が、何のために、どうやって王弟を殺害したのかという問題に話が戻って来てしまう』
『あら、ほんとだわ。王でないなら一体誰が・・』
『サイヤの王家では、側近を巻き込み―側近が王族を巻き込む事も多々ありますが―、文字通り血で血を洗う争いを経て、しばしば革命に近い形にまで拡大しながら、幾度も王の交代劇というものが繰り返されてきた。現王にも、他に何人かの弟妹がおります。亡くなった王弟は、あるいはそうした三つ巴四つ巴の争いの渦中で命を落としたとも考えられますな』
『なんて恐ろしい・・』
『解せないのは、彼女をあの時期に後宮に迎えた事だが。王弟の死の真相がどうであれ、随分と不用心な行動だ。彼らしくない』
『それほど王后様を欲していらしたという事なのでしょうか』
『どうでしょうなあ。彼がそんな可愛い理由で動くものでしょうか。確かに彼らは、非常に血の熱い種族ではありますが・・』
 お血筋を違えぬようにという御配慮だったのかもしれません。”安全な場所”で王后さまのお体の経過を御覧になろうという・・・時期を逸して、王后さまが他の方を迎えられてしまってはいけないというお考えもあったのではないでしょうか。陛下が政治的・軍事的に負われる傷の大きさに見合うだけの事なのかどうか、わたくしにはわかりませんけれども。ですが何を申したところで、所詮は憶測に過ぎません。わたくしは別の質問を致しました。
『あの、一つわからないのです』
『なんでしょう』
『御兄弟方のお力というのは、一様に競(せ)っていたのでしょうか』
『ふむ、一撃で、というところに引っ掛かったのですな。申し訳ないが、その事については私も情報を持っていないのです。ともかくハッキリしている事実は、王弟が何者かに命を奪われたという一事のみ。そしてその事で、王は王后の恨みを買う事になりました』


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