薔薇の追憶 (12)

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『そうやっていつまで嘆いておられるおつもりですか。元気をお出しなさいな』
 何ヶ月も引き篭ったまま泣いてばかりいたわたくしを、ルブは何度となくそうやって慰めに参りました。
『あなたは随分なものを頂戴しているのだから、それを元手に事業でも起こされてはいかが。一生ここで泣き暮らす訳にもいかないでしょう』
 ルブは好意で言ってくれたのでしょうが、この言葉を聞いて、当時のわたくしには彼が守銭奴めいて感じられたものでした。
『そのような問題ではないのに、あなたはひどい』
 わたくしのような立場の女が口に出来る事ではないのだと気付かなかった辺り、まだまだ夢を見ておりましたのですね。今日は来て下さるだろうか、明日は許してくださるだろうかと待ち侘び、陛下に焦がれる毎日でございました。けれど時が経つに連れ、自分が数ある女の一人に過ぎなかったのだと嫌でも思い知り、同時に、陛下がその御髪を肌身から離されぬほど大切にされている王后陛下とは一体どういった方なのだろう、と興味を募らせるようになって行ったのです。今思うと恥ずかしくて冷や汗が噴き出して参りますが、本当にわたくしが太刀打ち出来ぬお方なのか、という思いもございました。
 何度となくルブに訊ねましたが、彼はとりあってくれません。お客様の御内情など私が漏らすと思いますか、はやくお忘れなさい、の一点張りでした。陛下に繋がるお話だからという事はもちろんありましたが、何よりも生来の性格なのでございましょうね、知りたいと思うともう我慢できないのです。好奇心とはかくも偉大なものであると、そのとき思い知りました。白の館の外へはほとんど出た事の無かったわたくしが、情報が欲しいばかりに、あのいかがわしい「ブラックストリート」へ一人で足を運んだのでございます。御存知ありませんか、この星の病巣と言われている街です。どんなに危険なものでも、あの場所へ行けば手に入ります。その意味ではこの星の心臓と言えなくもありませんが、日中でも殺人が横行する恐ろしいところなのです。

 わたくしが目指したのは、どんな話でも揃っていると言われる裏酒場、いわゆる情報屋でした。姉たちから聞いた噂話で真偽のほどは判りませんでしたが、館の侍女がこっそり書いてくれた絵図を手に、わたくしは何とかそこに辿り着く事が出来たのです。
『男装して、お顔は隠してお行きなさい。武器もお持ちになられたが良い。あの場所では、お互い相手が誰であるのか詮索しないこと、また自分が誰なのかを決して明かさない事が最低限のルールです。お忘れになりませんよう』
 侍女が含んでくれた通り、黒い長マントと黒い帽子で男装し、仮面を付けて夕闇の迫る街に忍び出ました。通りを行く人々が皆わたくしをじろじろと振り返るのは解せませんでしたが、ともかくわたくしは誰とも接触せずに店まで辿り着く事が出来ました。
 普通の酒場とは違うのだ、という事はわたくしにも一見して分かりました。目印の赤街灯を通り過ぎて地下へ続く階段を降りると、今まで見たこともないほど頑丈そうな金属の扉が立ちはだかっております。
『ごめんください』
 何度かノックして声を上げましたが、どなたも出てきてくださる気配がありません。そこで、失礼だとは思いながらもこちらから開けようと試みたのですが、ノブも取っ手も見つからないのです。
『なにやってんだ、あんた』
 どうしたら良いものかと途方に暮れておりますと、真ん中から扉が割れ、中からものすごい大男が顔を覗かせました。
『ボタンがあるだろう、ここに』
 驚きの余り尻餅をついたわたくしを見下ろし、彼が巨大な指で指し示す壁には、わたくしの手の平ほどの四角い突起がありました。そうなのです、わたくしは電動扉さえ見たことのない世間知らずだったのですわ。あんな危険な界隈から、よくも無事で戻ってこられたものです。
『ある事を教えて頂きたくて参ったのですが・・』
『あんた、女か。妙ちきりんな格好だな』
『まあ、どうしておわかりになったの』
 完璧だと思った男装を見破られた事に驚き、わたくしは思わずそう返していました。
『声を装ってねえんだから、バレるに決まってる』
 帰りはせいぜい黙ってる事だぜ。わたくしをつまみあげるようにして中へ招き入れながら、彼は呆れたようにそう申します。
 開店間もない時間帯のせいだったのか、陰気な店内にはまだ一人のお客もおりませんでした。男はわたくしを伴ってずんずん進み、一番左に奥まった所に据えつけられた酒棚の前で立ち止まりました。
『この奥だ』
 彼が棚をスライドさせますと、なにやら電子的な仕掛けを感じさせる金属の扉が現れました。彼がその中ほどにある四角い穴に両手を入れ、上の方にある黒い窓を覗き込むと、扉は空気の抜けるような音を立てて開きました。
『入りな』
『あなたは?』
『俺の仕事はここまでさ』
 扉の奥には、さらに地下へと続く石段がありました。随分狭かったし、薄暗くてちょっと恐かったのですけれど、4,5段降りた辺りで扉が閉められてしまったので、引き返すという訳にも参りません。わたくしは恐る恐る階下へと進みました。
 降り切ってしまうと、存外広い空間に出ました。同じ種族の人たちなのでしょう、そこにも先程のような大きな人が待ち構えており、しゃがみ込んで、衣服の上からわたくしの身体中を触りまわします。
『あのう、なにをなさっておられるの』
『ボディチェックです』
 武器などなくとも危険な人種がいるので、完璧な危機管理とは言えませんが。男はわたくしの銃を見つけ、預かっておきますと申して取り上げ、迷路のように複雑に入り組んだ通路を通って奥へ案内してくれました。
『お掛けなさい。何をお知りになりたいのかな』
 赤黒い帳の中には、黒い丸眼鏡を着けた小さな老爺が一人、わたくしには幾分小さく感じられるテーブルの向こうにちんまりと腰を下ろしております。
『さる王家についてのお話なのですが』
『ほう。ここにはありとあらゆる王族の情報が揃っておりますよ。さて、どちらの』
『惑星ベジータの王家について』
『新旧どちらの?かの惑星には、元々ツフル人とサイヤ人の二種が生息しておりましたからな』
『サイヤの王家です』
『お嬢さん』
 老爺は微かに溜息を吐き、少し困ったというように眉尻を下げました。
『あまりお詳しくないでしょうか』
『いいや、そうではない。ただ、かの王家についての話は多くが巷間に流布しておる。あなたのような方が、危ない目を見ながらこんなところまで足を運ぶほどの値打ちは無いのではないかと思いましてな』
『まあ、すみません。わたくし巷の事に詳しくなくて・・』
『そのようですな。まあよろしい。来てしまったものは仕方がない。サイヤの王家の、どのような情報が御入用なのかな』
『色々、教えて頂きたいのです』
『色々?』
『あの、王后陛下はどのような方なのか伺いたくて参ったのですけれど、他にも御存知の事があれば』
『ふむ、なるほど。報酬次第というところですな』
『え、お金が必要なのでしょうか』
『・・お嬢さん、無料で奉仕していたのでは商売は成り立ちません』
『困りましたわ、わたくし持ち合わせがありませんの』
『宝石などでも結構ですよ』
『ああ、それでしたら』
 わたくしは慣れない動物皮の手袋を苦労して外し、運良く着けたままにしていた指輪を抜いて (小さなミルラ石が嵌め込まれたもので、わたくしが自分で宝石商から買ったものでした)、老爺に手渡しました。
『足りないでしょうか』
『―いや、立派なものです』
 これなら、夜が明けるまでお話してもおつりが来ますよ。今夜はもう店仕舞いだな。黒眼鏡を外しもせずにどうやって真贋を確かめるのかは存じませんが、彼はそれを天井からぶら下がった裸電球に翳して、満足そうに息を吐き出しました。


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