おそるるべきはかの女 (1)

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「あんたってさ」
 女の隣で半分寝入りかかっていた男は、突然の声に、まどろみから引き戻された。
「女の、あの日とか、そういうの分かったりするの?」
「・・・ああ?」
 何を言いやがる。唐突な質問に、彼は完全に目が覚めてしまった。
「だってさ、あんた来た事無いわよ、そういう時に」
 なんでかな、と思ってさ。女は彼の肩越しに彼の顔を覗き込む。
「やっぱ地球人より鼻が利くから?」
「・・・」
 なんでそういうことをそうあけすけに質問出来るんだ。口には出さないまま、彼は彼女を睨む。その手の話を平気で口にする神経が理解できん。まったく、話にならん。彼は無視を決め込んで、再びぷいと女から目を逸らし、瞼を下ろす。
「ねえ〜、なんで黙ってるの?また下品な奴だとか思ってんの?」
 分かってんなら黙ってやがれ。彼は閉じた目を開こうとしない。
「だって、すごい不思議なんだもん。その期間はぴたっと来なくなるし」
 ・・人をスキモノみたいに言うんじゃねえ。それ以外は毎晩貴様の所に入り浸ってるみたいに聞こえるじゃねえか。
「普通はさ、一年以上もこういう関係が続いてんだから、一回くらい、『するぞ』 『ああ、今日は出来ないわ、あの日なの』 とかさ、そんな会話があっても良さそうなもんだと思うんだけど」
 ちょっと待て、一人芝居までして何をほざいてやがる。俺はそんな下品なことを口にしたことは一回も無いぞ。
「ヤムチャのときは時々あったんだけど」
「・・あの男がここにいた間、お前がそういう状態になったことは無いだろう」
 彼は言っている途中で、自分がその名に思わず反応してしまったことを後悔したが、遅かった。
「ふふ、吐いたわね」
 女が体重を掛けて彼の体を仰向けにする。いちいち逆らうのも面倒なので、彼は女のしたいようにさせていた。顔を覗き込んでくる。ランプの薄い明りに、おもしろそうに細められた目がきらきらと輝いている。
「あれはねえ、ピル飲んでたからよ。別れる少し前にはもう必要無いからやめちゃってたけど。昔は使ってなかったからそういうこともあったのよ。でもやっぱり判ってたんだ。そうよねえ、偶然とはちょっと思えなかったもの」
 さすがね。そういうとこ動物なのね。感心したように彼女が呟いた。
 地球人のヤワな感覚と一緒にするな。鼻が利くとか、そんなんじゃない。俺には貴様が自覚できないようなことでも分かるんだ。
「ピル?薬か」
「うん。避妊のね」
 そうか。変だとは思っていたが。地球人は周期が無茶苦茶なのかと・・別にそんなこと俺には関係ないがな。それにしても、今は必要ないのか?何か別の方法を採っているのか。こいつ俺が地球人じゃないから大丈夫だとか思ってるんじゃ・・カカロットも地球人じゃないってことを忘れてるのか?・・くそ、嫌な顔を思い出しちまった。別にどうでもいいがな、そんなこと。
「・・今はどうなんだ。必要ないのか」
「んー?・・そりゃまあ、ダメなんだけどね。いんじゃない?出来たら出来たときのことでさ」
 随分いい加減だな。まあ俺にはどうでもいいがな。・・・出来たら?
「出来たらって、ガキがか」
「そうよ、今その話してたんじゃないの?」
 ・・そうだな。そうだ。そうなんだが・・そうだな。どうでもいいが。
「そろそろ一人くらい産んどいてもいいかな、と思うし」
 ・・ふん、俺には関係ない。貴様の好きにするがいい・・・・・今、産むって言わなかったか?
「産む、だと」
「そりゃそうよ、避妊してないってことはそういうことだって思わなかった?」
 ・・そこまで考えてなかったぞ。
「あんた今、そこまで考えてなかったとか思ったでしょ」
「ぐ・・・」
「男ってなんでそうなのかしらね。いい大人のくせしてさ」
 まあ、あんたの場合、それ以前に関係ないって感じなのかもしれないけどさ。それにあんたみたいなキャラでそういうこと考えてられても何かヤだけど。言って女は枕にうつ伏せになる。
「あたしもそこまで考えたのは最近なんだけどね。最初は、ピルどうしようかなあ、でも今回はもうどうせダメだし、とか思ってるうちにずるずる、って感じだったのよね」
 貴様それでも科学者なのか?まて、これは医学か・・いやそんな話じゃない。
「でもさ、迷ったってことは、最初からそのつもりだったのかもね。じゃなきゃ、さっさと飲むもん飲んで、大丈夫になるまであんたと寝なきゃいいことだもん」
 ・・自分が何を言ってるか解ってるのか?そんなもの産んでどうなる。用が済んだら俺はこの星だってどうするかわからんのだぞ。そうなればお前が生き残るとは限らん。ガキだって同じだ。
「無駄なことだ」
 彼は最後の一言を声に出した。だが、全く実感が湧かない。
「無駄って?何が?」
 女が彼の顔を自分のほうに向けさせて言った。大きな青の瞳には、彼が一杯に映っている。
「産んでも無駄、ってこと?あたしもその子も、あんたが殺しちゃうから?」
 ・・地球人にも音声を介さない意思疎通が可能だったのか?そこまで解ってるんなら何故・・
「いいわよ」
 女が、彼の唇に自分の唇を寄せた。触れるだけのキスをして、囁く。
「あんたになら、殺されてあげてもいいわ」
 ほとんどためいきのように言いながら、もう一度、そっと唇を合わせた。
 そのとき、彼のある感覚がそれを捕えた。
 この女―
 そういえば、ここのところ―
「貴様―」
 何故、最初から気付かなかったのだろう。
 彼は自分の首に絡みついた腕に手を掛ける。そのやわらかさに、何故か痛みを覚えたような気がした。女が肩口に埋めていた顔を上げる。
「・・なに?どうしたの、そんな顔して」
 どんな顔をしてるんだ。―くそ、知るか。俺には関係ない。
 彼は女を押しのけてベッドを降り、床から自分が脱ぎ捨てた黒いローブを拾い、袖を通す。
「ちょっと、なに、戻るの?」
 彼は黙ったまま、足早にドアへ向かう。全く、急に何なの。おやすみくらい言えないもんかしらね。女の、たいして不満でもなさそうな声に彼は振返る。逆光の中、女の気楽そうな笑顔が見えた。
「お休み」
 彼女は片腕を枕に横になったまま、ひらひらと手を振った。彼は目を逸らし、ドアを出る。細く括れた腰のシルエットが、瞼に焼きついた。



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